今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

また新連載最終話:卒女生徒

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イラストbyユペたろ~

「モデルルームにご案内します」

「あのね、その物件が、わたしがとっても気に入るものであってもね、わたしは絶対にあなたからは買わない。それは絶対なの。フィンガーボールの水を飲むその王女の崇高さ。あなたも見習った方がいい」

 ムートンのコートを着ていない割には妙なウソをついたものだ。とっさに言った「作家」。それにわたしは奇妙に胸が打たれた。わたしが作家であったなら。最後まで読んで笑ってほしい。I can speak English.Can You speak English? Yes I can.

 とても美しい飲んだくれの弟が、どれだけの人を微笑ませようか? そして涙を流させようか?

  

 そうモデルルームも見学できないまま、レイクタウンに寄るような気持ちも起きず、帰ってしまった。そうわたしの住まいは1K。そして木造モルタルづくり。マンションっていうのは買って住むようなものでもないらしい。わたしはその薄いチェックのコートを脱いでクローゼットにしまうと、ピースを吸う。最近たまにある。朝方まで間取り図へのシール貼りをしながら、危うくピースに火をつけそうになることが。そしえ溺れる。その作業に。それは夜の大人の遊戯なのだ。快感だって伴う。無意識にタバコを吸うようにはなりたくない。恋をして、恥ずかしいと思った。みじめだって思った。喜んだ。悲しかった。もう泣きたくない。あんな苦しい涙はもう流したくない。   

それならいっそ引っ越さない方がいい。もう外に出ない方がなんぼかいい。そう思ってもわたしは洗濯も掃除もするし、朝ごはんとお昼ごはんは簡単なものだけど作る。朝ごはんはフルーツグラノーラ。相変わらずだ。けれど最近は冷たい牛乳をかけている。それだけだ。それがわたしのプライドだ。そのプライドでもって自分を救おうとしてる。それがわたしに朝脱いだパジャマを畳ませ、日曜でも着替えさせているのだ。

お隣の中年男性が子供用の電子ピアノみたいなものを弾いている。何度も止まる。我に返ったようにまた始まる。曲は「カエルの歌」だ。

 エネルギーなら使い果たしている。いつも寝不足だ。準備をしようと助走をつける。ナイキを履いたわたしの脚は助走を走りきったところで足が上がらなくなり躓く。その瞬間に悪い予感は特にない。もしかしたらっていうナイキに似た気持ちにもなる。

 

 あの人とはもう会えないのだろうか? 二回目にあの初めて会った交差点で肩が触れそうなほど、近くにいたのに、彼女は俺に気がつかないようだったし、俺はそれで急に自信がなくなって、声をかけられなかった。「やあ、また会ったね」、「あ、この前は」どれも違うような気がした。俺は何度も何度も彼女を振り返ったけれど、彼女は信号を渡り切っても、振り返らなかった。振り返らない。そういう女性だった。

 初めて会った時、マックの中、コートを脱いだ彼女はとても素敵だった。タイトな黒いタートルのニットとボーイフレンドデニムがすごく似合ってた。

 彼女は大地に実り、スズメを遊ばせる、夏はあくまでも青く、秋には黄金に輝き、実り立つ稲のような女性だった。俺は彼女がトイレに入った後、俺もトイレにはいった。そしてすぐに出て、彼女が出てくるのを待っていたけれど、その女子トイレから、出てきたのは別の女性だった。

 俺は愕然とした。もう会えないかもしれない彼女と電話番号すら交換できなかった。ホットココアを飲んでいるときに切り出せばよかったと、死ぬほど後悔した。けれど彼女は、精神年齢と肉体年齢がともに成長したような、輝くような女性だったから、軽く、

「電話番号交換しない?」

なんて言えなかったんだ。

 彼女はアップルパイを上手に食べた。あれは中身がびゅっと出やすい。それを顔を上に向けて、とてもおいしそうに食べていた。

 次に彼女を見かけたのは、宅飲みの後、朝マックでも食おうぜっていうことになって、朝のマックに行った時だ。彼女はムートンのコートをもう着ていなかった。ネイビーのチェスターコートを着てナイキを履いていた。そして駆けていた。俺は無我夢中で追いかけた。三回の奇跡、もう使い果たしちまった。これがきっと最後なんだろう? サンタさん。おれはいつも通りのエンジニアブーツを履いていて、彼女はナイキ。勝ち目はない、そう思った。改札を通ろうと彼女少が少し歩みを遅くした瞬間、俺は彼女の肩に手をおいた。けれどそれにすら気づいていないみたいなまま、そのまま改札を通っていった。彼女を抱きしめてみたかった。その身体を全部俺が知りたかった。けれどもう奇跡は起きないのだろう。もう一回会えたなら、その冷たいのか暖かいのかわからない、謎の多い手を必ず握るのに。

 彼女はスズメを遊ばせ、大地に立ち、実る黄金の稲だった。

そしえまっすぐ歩く。曲がることも、ショートカットなんていじけたこともしない、そんな女性だった。ただ、前をきちんと見て、前だけに進む。

彼女を抱きしめてみたかった。その身体を全部俺が知りたかった。けれどもう奇跡は起きないのだろう。もう一回会えたなら、その冷たいのか暖かいのかわからない、謎の多い手を必ず握るのに。

 

また新連載11:卒女生徒

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イラストbyユペたろ~

そしてこの前、中年の女性に罵声を浴びせられた。

「なんだい、この、愛想のない女は、受付のくせして笑いもしない。いやな女だ。わたしはスピッツを三匹も飼ってるんだよ。貧乏人じゃない。貧乏人扱いするんじゃないよ」

と。私はそれに対し、

「ご不快にさせてしまって、大変申し訳ございません」

と言った。そしてその後も通院しているその女性とわたしは、世間話や、エンタメ情報などを共有するほど親しくなった。それもうれしいトピックかもしれない。

でも誰にも秘密にしていることがあった。最近、病院が開いてしまうまでではないが、たまに数分の遅刻をするようになった。目当ての電車に乗れない時だ。ナイキを履いているから、少しは急ぎ足になれる。けれどその目当ての電車に乗り遅れてしまう。

 家に帰るとまずポストから、マンションの資料をどっさり持って、階段を上っていく。もうわたしは越谷限定で新築マンションを探していなかった、はじめ都内、それも埼玉に近いところの資料請求もしたが、次第に広くしていき、都内全域、神奈川にもそれを広げた。だから日々どっさりのマンションの資料が送られてくる。わたしはもどかしくチェスターコートを脱ぎ、ムートンの敷物の上でピースを吸いながら、マンションの資料に目を通す。そして目を通しながら、平和、ピースに火をつける。今日帰り道、クリーニング屋に寄って、ムートンのコートを引き取ってきた。ムートンコート。これはわたしに様々なウソをつかせて終わったなって思う。今は彼氏もいない今年三一歳になる医療事務だ。そこにはウソの片りんもなかった。ウソをつかないっていうことがとても力強く、ウソをつくことが、なんて心弱い存在にしてしまうんだろうっていうことにも気がついた。何回もみじめになったっていう気がしてる。それはウソをついたせいじゃない。ウソはむしろそういうものから守っていてくれたって思う。世界中の人が心弱く、ウソをつき、みんなでドキドキしながら隣の人の手を握り、宙に浮いたら、そこには何も描かれていない。それに呆けた世界中の、年寄りも中学生だって、みな笑い出すだろう。

「あれ? なんにもないや」

と。そして大爆笑が起きるんだ。世界中の人大爆笑は、空を震わせ、それに誘われて、流れ星が斜めに落ちていくだろう。「恥ずかしい」ともう思いたくない。誰もそう思わないでほしい。恥ずかしい人なんて、そう滅多にいないのだ。

 

 わたしの秘め事。わたしはプリンターで「デスク」とか「ドレッサー」とか「イス」「ソファ」「テーブル」「サイドテーブル」「ダイニングテーブル」………と様々なそれに似せた絵を描き、シールを作ったのだ。それを送られてきた資料の中に入っている、間取り図に貼っていく。それらのシールを貼りながら、その思いを、性に情熱を傾けているような気がしていた。それがわたしの秘密だった。本物の性より、もっと性だった。見られたくない心を持った。それがよく似ているのは欲情に倒され、素直に仰向けになりストッキングを破くっていう行為だった。

 休日などに携帯が鳴ることもある。それははじめ、ヒロコのレクチャー通りに、

「検討しましたが、見送ります」

と言っていたが、

「比較検討したんですけど、今回は見送りっていうことで」

「比較検討させていただいたんですけど、他の物件に決めてしまって」

などのバリエーションを身に着けた。

 そうやって朝方、空が白み始めるまで、間取り図へシールを貼るという行為に耽溺していた。それで遅刻が増えた。それでもトイレ掃除は毎日したし、風呂だって入ったし、髪の毛も洗った。もうイヴの夜、歯の取れた詰めものは、すぐに歯医者に行って治した。

 ただ夕食を食べなくなった。マンションの間取り図にシールを貼っていると、何もかも忘れていくような気がした。なるほど、と独り言つ。性へおぼれたらその間は何も思わないし、何も忘れるのだろう。それが快なのだろう。それが性を貪る姿なのだろう。

 わたしは春爛漫の土曜日に午後、越谷レイクタウンに行った。仕事帰りだ。駅の階段を下り、改札を抜け、レイクタウンに入ろうとすると、風船を持った若い男が、わたしにティシュを差し出す。思わず受け取る。そのティッシュにはマンションの精密画が描かれていた。その若い男性の片方に持つ、立て看板を見るとモデルルーム見学、と書かれている。

 わたしは瞬時に嗅ぎ分けた。レイクタウン? それよりこっちの方が面白そうだ。若い男性に

「モデルルーム、見てみたいんだけど、どう行けばいいの?」

と尋ねた。

「この道をまっすぐ行って、一つ目の路地を右に曲がって下さい」

 モデルルーム見学は初めてで、どういうことをするのかって言ったら、マンションの中を案内してくれるっていうことだと思っていた。その想像は間違っていた。しきりのあるブースがいくつも並び、今日は春うららかな土曜日の午後のせいか、子供を連れた家族なんていうのも結構いる。女性一人っていうのはわたしくらいかもしれない。

 これに記入をお願いします。と言われて差し出されたのは、個人情報を大いに漏らすっていう内容で、わたしは現住所の欄に実家の住所を書こうとしたが、それも今となってはうろ覚えになっていて、やっぱり、と本当の住所を書いた。それを書いている最中に背が高く、白いブラウスとネイビーのタイトスカートを身につけた女性が現れ、メニューのようなものを差し出し、「どちらがお好みでしょうか」と言う。そのメニューをよく見ていたら、コーヒーやお茶、レモンティーやアップルティー、その中にぽつんと「デカビタ」が載っていて、ふざけているみたいな存在に見えるデカビタを頼んだ。そして記入を進める。今現在のお住まいは?というところにチェックを入れるようになっている。わたしは1Lにチェックした。しばらくして戻って来た担当者は、

「お客様の現在のお住まいはこちらになりますね」

そう言ってわたしに見せるのはわたしが住む、モルタルづくりの二階建ての、ベランダに洗濯機が置いてある、そんな住まいの外観と、1Kの何も家具が置かれていない部屋を写したものだった。

「チェックを入れられているのは1Lになっていますけど、違いますね。1Kの間違いですね」

この野郎。殺してやる。わたしがそう思うことは少ない。でもその営業の男に対する「殺してやる」は本物だった。灯油をかけて火をチャッカマンでつけてもいいって思った。フィンガーボールの水を飲んだ王女の話を聞いたことがないのか? 読んだことがないのか?

 わたしはテーブルから少し椅子を離し、左足を右に大きく足を組んだ。そのとき見えたのはその営業マンの腕にシャネルの時計が巻かれていた。

「お仕事は?」

「言いたくありません」

「職種だけでも」

「言いたくありません」

「僕はね、職業柄なんだろうな、その人が本当にお金をもっている人が、そうでもないか、っていうのをね、見分けられるようになったんですよ」

「それがどうかしましたか?」

「年収は?」

「申し上げたくありません。わたしは近々、マンションを買おうと思っています。結婚はしていません。独身です。あなたに値踏みされにきたわけじゃない。ただマンションを見たかったんです」

「じゃあ、もうぶっちゃけ言っちゃいましょうよ。ご職業は?」

「聖路加病院の正看でもない。聖路加病院の医療事務でもない。わたしはね、作家なんです」

また新連載10:卒女生徒

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イラストbyユペたろ~

楽しい想像は止まらない。赤信号で立ち止まる。それと一緒にマンションの夢想からも少しだけ覚める。信号の向こうにはわたしが住む予定の、マンションがあるみたいだ。そして気づいた。信号の向こう側には、あの青年がいた。ふっと「忍耐」というワードが浮かんだ。信号が青になる。わたしの鼓動は早くなる。あの時と同じ格好をしている。違うのはこの前はボーイフレンドデニムで今は黒のクロップドパンツっていうマイナーチェンジに過ぎない。あの青年はきっと私に気づく。そして「ああ、この前の」って言うだろう。誰か同年代の男の人と笑って話しながら、わたしとの距離はどんどん縮まっていく。それは短い時間だったのか、それとも長い時間だったのか、それもわからない。そう、今日だってムートンのコートを着ているし、ナインのパンプスだって履いている。気がつかないはずはないって思う。サンタさん。わたしはずっと一人。わたしの胸に触れた人さえいない。乱暴に雑にざらざらと触れたことあった。でもただ、それだけ。肩が触れ合うんじゃないかっていうほど、近くにすれ違った。

 青年はわたしに気づかなかったみたいだった。それとも五二キロのわたしは彼の視界には写らなかったのかもしれない。わたしに咲いていた青年との夢、その芍薬はぽきんと音をたてて折れた。芍薬はどうやら折れやすくできていた。帰る。朱色の古びた階段をカンカンカンカンと上る。手にケーキとチキンを持っているだけで、あとはいつも通りだ。バッグのポケットから鍵を手探りで出す。このキーホルダーはアナスイで、医療事務の学校へ行っているときに、同級生からプレゼントされたものだ。けれど結局はその友人から補正下着を買わなければならなかった。ねずみ講。その言葉を知ってはいたけれど、意味はだいぶ後に知った。それでも昔友人だと思った人からのプレゼントだ。もう一〇年以上、長く使っている。ヒロコはそのアナスイのキーホルダーを見るたびに、バカにする。

「あえてバカとはいわないけれど、あんたって本物のアホだわ」

鍵を回し、部屋に入る。コートを脱いでクローゼットにしまい、ムートンの敷物の上にぺたりと座る。今日はどうしてか、座るとき、「よっこいしょ」なんて言ってしまった。周りをきょろきょろ見回すような気持ちになる。なんだかいつもと違う。いつも通りだ。今日はチキンだってケーキだってある。ビスケットだってある。心にリズムをつけようと、大きな声で「さて!」と言ってみた。そして手を洗って、チキンを皿に盛ると、レンジに入れて、一分セットする。スタートボタンを押した。でも電子レンジはなんの反応もない。だいたいスタートボタンを押したときにいつも鳴るピッていう音がしないのだ。他のボタンも試してみる。みなピッという音をさせる。なぜなぜ今日に限って、電子レンジは壊れているのだ? 青年だって気がつかなかった。52キロのわたしに。当たり前なのかもしれない。当然のことなのかもしれない。今どの家にも幸福が舞い降りている。あの青年にも幸福があるのだろう。けれどサンタさん、それはそれでいいとして、この電子レンジが壊れてるっていうのは少し手痛い。奇跡が起きないかって思って、何度も何度もスタートボタンを押した。そして最後、ずいぶん長い間、長押ししてみた。すると庫内が明るくなって、皿が回りだした。壊れた電子レンジが、もう一歩と頑張ってくれたっていう奇跡。わたしの目の前には電子レンジがあるけれど、わたしに見えているのは、あの青年だった。肩をぶつければよかった。思い切ってとても近くですれ違うだけじゃなく、肩を思い切りぶつければよかった。そうすれば「あ、すみません」とか「あ、あの時の」っていう会話だって生まれたかもしれないのだ。またしくじった。思いつかなかった。そういうの。そうして生まれる会話や接点。

 次にビスケットとフライドフィッシュを温める。また庫内に明るくなり、皿がくるくる回っている。ケーキはもちろん、チキンの後に食べるつもりだ。

小さなテーブルに置いてある、化粧品や鏡を床に置いて、チキンなどを並べる。一気に華やぐテーブル。わたしはおいしいなおいしいなって言いながら、チキンやビスケット、フライドフィッシュ、コールスローサラダを食べる。おいしいな、おいしいなと言いながら、涙をこぼしながら。口の中まで見えそうに、食べながら、涙をこぼしながら、おいしいな、おいしいな、と繰り返す。突然口の中がざらっとし、ティッシュに出すと、高校の時、治した虫歯の詰めものだった。けれどわたしはやめなかった。コールスローサラダをしゃくしゃくと噛みながら、おいしいな、おいしいな、と繰り返す。

 そしてケーキの箱を開けた。生チョコのケーキとピンクと緑と黄色のろうそくが三本添えられている。わたしはもう涙を流していない。ティッシュを一枚抜いて、鼻をかむ。ケーキに三本のろうそくを立てる。いつもピースを吸う時に使うライターで、ろうそくに火をつける。そして一気に吹き消すと

「メリークリスマス!」と叫んでみた。それなのにこの星には私一人しか住んじゃいないっていうほど、静かだった。聖なる夜。それでも外はあくまでも暗い。聖なる夜に似合うのは、白けるような明るすぎる照明ではなく、温かく控えめな照明だろう。

それは静かなのだろうか。あほらしい気持ち。あほ。そういえば補正下着。わたしの彼は年下の大学院生。あの青年に触ってほしかったな。わたしの胸。サンタさんにお願いする年でもないだろう。でももう一回あの青年に逢いたいのです。また泣く。今度は獰猛な動物が吠えるような声で泣いた。

 

 翌日病院へ着くと、看護師さんたちがキャーキャー言いあいながら、アクセサリーを見せ合っている。それらは昨日のクリスマスイヴ、彼氏にプレゼントされたアクセサリーらしかった。

「サクラさん、サクラさんはプレゼントもらった?」

「ううん。貧乏な大学院生だもの。食事代を出したら精一杯っていう感じだった。わたしはシップスのマフラーをあげたの」

「でも大学院生かあ、将来有望だね」

「でもそれもわたしと関係ないの。わたし、昨日振られたから」

わたしはさっさと着替えて、仕事を始めた。ウソじゃないようなウソ。別に降られたわけじゃない。恋心をうちあけていないし、付き合っていたわけでもない。だから振られたっていうのもウソだ。でももうけりをつけようと思ったのだろう。三人の看護師さんたちに「振られたから」と言った。それでいいのだ。なにが起こるっていうわけでもない。

 

 春になった。春になった瞬間を通勤の途中、駅まで歩いているときに発見した。桜のつぼみはまだ固かった。それも今日来た春がゆっくりとほころばせるだろう。もうムートンのコートはクリーニングに出してしまった。クリーニング代がびっくりするほど高かった。それが初春のトピックだ。今はネイビーのチェスターコートを着て通勤している。パンプスを止めてナイキを買った。ナイキは軽かった。どうやらわたしの脚には、ナインのパンプスより、ナイキの方が似合うようだ。初めてナイキで通勤しとき、院長先生は、

「それ、いいじゃない」

と言って、奥さんも

「なんだか、とっても似合ってるわよ」

と言ってくれた。シンデレラはパンプスを脱ぎ、ナイキを履きました。なんてね。いつの間にか痩せていった。それは青年との決別の翌日からだった。コンマから減り始め、今は45キロ台にまで痩せた。看護師さんたちが、「サクラさん、最近キレイになったよね」と言う。

また新連載9:卒女生徒

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イラストbyユペたろ~

 

お風呂からでる。ショーツ一枚の姿で、体重計に乗る。そしてパジャマを着て、お手入れをする。わたしの心はどんどん小さくなっていく。そして石みたいに固まる。もう入れ物だってとっても小さい。点にしかそれは見えない。太っているくせに、とても小さく固まる何か。それが今のわたしだ。

 さっき買えるはずがないと思ったマンションだったのに、今、温かいパジャマを着て、温かいコーンポタージュを飲む。すると、悔しくなる。わたしだけがみじめなんじゃないかっていう被害感。わたしを視界に入れず、透明人間だと思った人たち。わたしマンションを買うの。それって借りてるわけじゃない。わたしの物なの。わたしのマンションなの。よかったら遊びに来て。わたしは止まらないで進んだの。あなたたちはきっと結婚したら、子供ができたらって考えているでしょう。見て、こんなにステキなマンションなの。駄目よ! そこはわたしだけの席。オーディオの音が最もよく聞こえる位置にある椅子なの。そこには座らないで。ええ、そこ。そこのソファでくつろいでいって。

 わたしはどうしたってマンションが欲しくなった。汚らわしい気持ちなんだろう。汚い汚物みたいな気持ちなんだろう。でもしょうがないってわたしには思える。見返してみたい。そんな気持ち。それは神に文句をつけるヨブのような気持ちだって思う。その流れ、濁流にのみ込まれるように自然に、わたしだって神に文句を言うだろう。それはとても、自然な姿だからだ。そして自然とは神の祝福があるのだ。そう呪詛。             

 今心から求めているのは、ロックミュージシャンの輝く汗じゃないのかもしれない。もしかしたら今キラキラ見えるのはわたしの最寄駅から帰る途中のタワーマンションの屋上、点滅する赤い光なのかもしれない。でも本当は知っている。本当に美しいものは、目指し、欲しがり、飢えている、そんな存在の汗だっていうことを。

 寝るとき、枕をポンポンポンと三回たたいた。いつか遠い昔に見た、とても楽しかった、夢の続きを見たかった。枕をポンポンポンと三回たたくと、その夢の続きが見れるっていうのはわたし発案だ。楽しい夢なら楽しいまま夢は進行していくはずだ。52キロになった、今日のわたしが緊急にすべきことはそれくらいしか思い浮かばない。夢の中のわたしはきっと52キロじゃない。48キロか49キロだ。そうに決まっている。壁の方を向いて寝た。  

 

 それでもイヴはやってきた。わたしが52キロになってもだ。朝、ヒロコにメールした。「ごめん、やっぱりパーティーはやめとく」

 病院へ着き、「おはようございます」と言いながら入る。その言葉に院長先生が言うのは、

「やあ、メリークリスマス!」

だった。あとから来た看護師さんの「おはようございます」にも院長先生は等しく、

「やあ、メリークリスマス!」

と言うのだ。その院長先生の言う、「やあ、メリークリスマス」っていうのは、

「A Happy New Year」

みたいだった。一晩あけると世界が少し変わって見えるっていう現象。病院は三十日から三日まで休みに入る。ロッカールームで着替えていたら、看護師さんの一人、ミカさんがわたしに声をかける。

「やっぱり今日とか、年末はその大学院生と過ごすんでしょう?」

「うん。もうね、大学院生なんてとっくに休みだから、相手をしてあげないとね」

ミカさんの目がいたずらっぽい。黒目を小さくして、わたしを見る。

「ナンパされたんでしょう?」

「ええ、そういう感じ」

「じゃあ、きっとその彼、ぽっちゃりがタイプなんだわ」

「きっと、そうかも、しれないわね」

 多分、ミカさんは人間の悪癖、「疑う」ということを発揮したのだろう。人間は、見栄やプライドに乗っかったウソならついていいと、わたしは思うのだ。見栄やプライドの上に咲くウソ。それは精一杯背伸びをしている芍薬だ。そうわたしはナンパされていないし、今日一緒に夜を過ごす相手もいない。けれどわたしは青年にナンパされて、今日一緒に過ごす。それを疑うのなら、ミカさんは決定的な水たまりにバシャッンと足を踏み入れた。僕は懐疑主義なので。そんな男は好きになれない。あの青年が好きだ。わたしは確か新宿でミュウミュウのミュールとマークジェイコブスのバッグを買ったって言った。それも芍薬。そしてそれを青年は疑わなかった。どうやら懐疑主義ではないようだ。そうだ、わたしはあの青年が好きなのだ。わたしの見栄と、どうしても守りたかったプライドに咲いた、水もやり、肥料もやってやっと育てた、大ぶりな芍薬。その芍薬を笑うことなかれ。手折ることなかれ。ただ見ていてほしい、その一本だけで立つその芍薬自身のプライドを。もし美しさに、発作的にむんずと手折ってしまったときは、あなたの持つ一等いい一輪挿しに飾り毎日水を代えてほしい。そして疑わないでほしい。その芍薬の出生を。無からは何も生まれやしない。それは本当のことだ。

  

 七時前に仕事をかたずけ、「お先に失礼します」と言ったら、院長先生がまた

「メリークリスマス!」

と言う。奥さんは手を洗いながら、

「あなた、今日そればっかりね。いくらミホが帰省してくるくらいで」

わたしは、「なるほど」と得心した。今、関西の病院に勤めている、院長先生と奥さんの一人娘が帰省するのだ。それはそれはメリークリスマス。いい夜になるといいけど。

 わたしは病院の最寄り駅にある駅ビルで、ショートケーキを買いたかったのだけれど、売り切れで、仕方なく、生チョコのケーキを買った。そして少し恥ずかしかったけれど、

「よければ、ろうそくがあれば、ろうそくをいただきたいんだけど」

と言うと

「ありますよ。一緒に箱の中に入れておきますね」

と言って箱に入れられたケーキを平べったい袋に入れて渡してくれた。ありがとう。そう言ってその場を離れ、ケンタッキーでセットのチキンを買った。チキンが二ピース、ビスケットが一つ、コールスローサラダが一つ。フライドフィッシュが一つ。今日の晩御飯、一人パーティー。十分だ。

 院長先生のお宅は今とてもにぎやかだろう。そして時折笑いだって起こるだろう。そんな幸せ。小さく見えてもとんでもなく大きな幸せ。その幸福がイヴの夜、どの家にも、独身のサラリーマンの家にも降ってくるといいなって思う。夜が等しく降るように。看護師さんたちも、もう今頃彼と会っているのだろうか? どんなディナーなの? もしよかったら明日、その首尾を教えてほしいな。わたしはね、そう、エンジニアブーツを履いた大学院生と、今日は過ごすの。彼、食べきれないほど大きなクリスマスケーキを家までもってきた。そしてね、チキンはケンタッキーだった。それはわたしが買ってきたもの。そしてね、部屋の電気を消してケーキに並べられたろうそくを彼が一気に吹き消したの。その時ね、なんていうんだろう、きっと臭い、そんな獣みたいな存在に彼を感じた。呼吸が荒かったの。そしてわたしは急いで電気をつけたっていう、そして夜更けまで話は尽きなかったっていうクリスマスを過ごしたわ。

 ケーキとチキンを慎重に持って、わたしは二駅分の電車に揺られた。そんな想像をしていたから、もうはっきりとは思いだせない青年の顔がチラチラ頭をかすめる。

 家の最寄り駅からケーキの箱を倒さないよう気をつけながらも、ぼんやりと歩く。わたしが買うマンションはどんなマンションなのかな? 想像もつかない。何階建てで、寝室とかリビングとか収納とか、そうそう、ウォークインクローゼットなるものもあったらいいな。一番憧れるのって、結構地味だけど、洗面所のタオル入れ! これをおさおさ見逃してはなりません。

 

吉本隆明氏との、あれこれの想い出(S医師への手紙から)

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写真提供by知人I氏

 

・吉本氏

亡くなって何年なんだろう。

わたしと吉本さんの出会いをかきます。まず今持ってないし、本の題名も覚えてないんだけど、なんか、吉本さんと、田原さんという精神療法の研究をやっている方の対談の本があって、それを読んで、「ふーん」とか思い、田原さんに手紙を出したんですよ。あんまり覚えてないけど、まあ多弁が高じてのお手紙だったんじゃないかと。そして内容は自分の病状について書いたんです。そしてその田原さんが、わたしを恵比寿まで呼んでくれて、お話を伺ったり、漢方薬をもらったりしてたんですけど、わたし毎回文章を書いて、恵比寿に行ってたんですね。そしたら田原さんが、わたしの文章はずいぶんといいじゃねえかと言ってくれて、それでっていう流れだったんです。私が吉本さんにお電話したのが始まりでしたね。

 で初めて吉本さんのお宅を伺ったとき、小説を携えて行ったんです。でよく覚えているのはお土産にゴーフルを持って行ったんです。その後たまに吉本さんのところに一人でもうかがうようになった。でもここは少しメンドクサイ作業があって。吉本さんのところって電話が常に留守電なんです。だからしょうがないので、「吉本さーん、吉本さーん、いらっしゃいますか? K(私)です!!」とかがならなくてはならない。そうするとおもむろに吉本さんが電話に出てくれるんです。なんかちょっとレトロな感じのリビングでしたね。有名な話なんですけど、そのリビングにはシャンデリアがかかっているんです。素敵でしたよ。でも絢爛豪華っていう雰囲気でもないんですよね。

 で前に言ったことあるけど「Kさんならいつでもデビューできるから」って言われて、書かなくなったっていう(笑)。

 最後の訪れたいという電話には奥さんが出られた。お久しぶりですなんてあいさつの後、奥さんが、「Kさんの作品、主人いつも楽しみにしていたんですけど、もう、目がね」

っていう話で、驚いて、そのころ私はワープロで書いていたから、「目がそんなにお悪くなったんですか? 9倍角ならどうでしょう?」というと、奥さんがからからと笑って、「申し訳ないんだけど、そういう問題でもなくってね…」ってお話で、そこからなんだかわたし、がっかりしちゃって、小説を書かなくなってしまった。

ま、そんな思い出ももう失ってしまった。損失感? そうじゃない。楽しかった思い出です。

 

また新連載8:卒女生徒

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やっぱり考えるまでもない。渋谷でのパーティーとかなんとかは断ろう。あの時はそう答えて、そう思った。確かに「進もうと思わなければ止まっている」というのは本当だ。日常のルーティンをおろそかにしたくはない。怠惰へ落ちていくのはいやだ。だからお弁当も作るのかもしれないし、掃除機をかけるのかもしれない。休みの日に本棚や棚に置かれた雑貨を雑巾で拭くのかもしれないし、手抜きではあっても休日のお昼だってお夕飯だって作るのかもしれない。

 そうやって逃れてる。今のところ大きな失敗はない。逃れているつもりだ。でもわたしのしっぽを掴もうと、なにかに追われてる。だから隠れてる。それは父の実家、山形の押し入れの中かもしれない。警察? まさかね。

 でも人生、そんなようなもの、それには臆病になってしまうし、わたしには怠惰の呪いがかけられている。怠惰の呪い。それに憑依されたのはいつからなんだろう。小学生の時から? そんなことはないだろう。高校の時、家に帰って食べ終え、空になったお弁当箱をシンクの水をはった桶につけておけと何回もお母さんに言われても、わたしにはそれをできなかった。それでお母さんは翌朝弁当を作って、さあお弁当箱に入れようってなってから、やっとお弁当箱を洗っていないことに気づくのだ。空になったお弁当箱を家に帰って、シンクにある桶につける。それができなかった。妹はキチンとそれを怠らなかった。今妹は結婚し、子供もいる。旦那さんは郵便局に勤めていて、生活の時間帯が、妹や子供とずれているそうだ。けれど旦那さんの休みには必ず近所のガストに行くらしい。そこで旦那さんはビーを一杯だけ飲むらしい。そう、わたしの人生とは違うカーブを描く。そういう曲線。離れてしまった。妹は愛想がよかった。そして間違わなかったし、空のお弁当箱を、シンクの桶にいれるのを忘れなかったからなのかもしれない。どうしてわたしは何回もその空のお弁当箱をシンクの桶にいれておくっていうそれだけのことを、忘れたのだろう。少し思い当たる。私はその頃学校でも、通学の時も、家に帰ってももどかしいように本を読んでいた。本、ハウツーものや自己啓発の本でもなければ、そこにつまっているのは、人生の苦悩のようだった。たとえばカフカは「変身」で、メランコリックを描いた。それは孤独とさみしさだった。本を読むスピードでわたしは外に出なくなり、そのスピードを保ちながら、怠惰、そう人生への怠惰と、社会への恐怖を感じるようになっていった。人生には必ず、震えるような悲しみがついてくる。

 エアコンが効いていきた。温かく片付いた部屋。RCの「ハートのエース」をかける。もうとっくにコートはクローゼットにしまった。バッグはベッドの横に置いてある。やっとくつろいだ気分になれた。多分エアコンの暖かさのせいだろう。いつものように、ムートンの敷物の上に座り、労働をした日の、家に着きくつろいだ気分で吸うピース。そうだ。ピースっていうのは、平和って意味だ。誰でも知っているかもしれないけれど、誰かに伝えたい。ピースっていうタバコのピースっていう名前はね、平和っていう意味。そう? 知ってたんだ。そう、常識っていうやつなのね。そしていつも通りお風呂に入る。今日は重曹を入れてみた。病院の看護師さんが温浴効果もあって、なおかつ肌の角質もとってくれるって言っていたからだ。無色透明の湯。いつもと変わらない。肩まで深く入ると、顔にもお湯を両手ですくってパシャパシャとつける。そういつも通り。いつもと同じ。それをいやだなんて思ってはいけない。だからわたしはパーティーに行かない。ちょっと憧れた。ちょっとうらやましいと思った。それも本当だけれど。

髪の毛を拭く。ネットを開く。そして「国分寺新築マンション」と入れてみる。タワーマンションがヒットする。これなのかなあ。ヒロコはあんな大威張りのテレビを担いで引っ越すのかなって思った。そしてヒロコがでっかいテレビを担いでエレベーターのボタンを押し、エレベーターを待っているのを想像したら、ちょっと声をあげて笑ってしまった。お隣さんはもう寝てるかな? わたしの笑い声を寝ながら聞いて、楽しい夢を見れるといいね。

 そしていつもの通り、体重計に上る。デジタルの数字が行ったり来たりする。そしてそれが止まったのは52キロだった。

 何がいけないっていうんだろう。お昼までにはお腹が空く。そう朝、温かい牛乳をかっけたフルーツグラノーラしか食べていないからだ。お昼だってそうコンビニに行くこともないし、看護師さんたちのように、マックのグラコロだって食べない。この季節のグラコロ。食べてみたいと思ってた。そう季節限定のグラコロ。一回くらいは食べてもいいかなって思っていたグラコロ。50キロを超すなんてないと思ってた。わたしの人生に、もしかしたら彼氏ができなくて、結婚もできない、そんな風に。自分の家なんて持てず、いつもお隣の中年の男性とハミングするみたいに、それがハモるみたいに、掃除機をかける。そんな風にいつまでだって。昨日はだって49キロだったし、たまに48キロになることだってあった。超えてはいけないものを超えたんだ。それは禁忌の世界だった。その世界の住人は、なにかとても重いものを引きずりながら、歩かなければならない透明人間になることだった。普通人は、太った人を見ない。視界に入らないからだ。超えちゃった。超えちゃった。わたしはきっと今日、そこに間隙がないと思って、その深いが狭い間隙をまたいでしまったのだろう。わたしは冷たいフローリングの床に肘と膝を置いてうつぶせになり、その肘を支えている肩、肩甲骨がぶるぶると震える。床が冷たいせいだろうか? それともわたしは泣いているのだろうか? 自分でもよくわからない。それはなぜかと言うと、とても傷つき、たとえばペットが死ぬような悲しみにしばらく泣いた後の妙な安堵感に、包まれていたからだ。いけないことをした。秘密めいた誰にも言えないことをした。そうマンションなんて多分買えない。けど資料請求をした。いつまでも冷たいままのフローリング。世間は冷たいし、だから人だって冷たい。人生もわたしにつらく当たって来た。そう何だってわたしに冷たい。エアコンは部屋を暖めている。けれどわたしは凍ったままだ。お寿司屋さん。お寿司屋さんが冷凍庫から出したばかりのわたし。どうぞ? どうぞ? みんな見て。これから始まるのはマグロの解体ショーによく似ているでしょう? けれど    

違うの。これから始まるのはね、わたしの解体ショー。よく見てて、よく。今はまだ凍ってる。でもうちょっと空調の温度をあげれば、わたしが溶け出すはず。たくさんの水が出る。とても重くて脂がのっているはず。わたしの身体はバラバラにされ、客たちにふるまわれる。そうわたしは今バラバラ。ちぎれてる。ちぎれているわたしを笑わないでね。もしそれすら笑われるのだとしたら、わたしはお吸い物の中で溶けていくしかないのだから。

そしてムートンの敷物の上にやっと移動してショーツだけの姿でうつぶせになる。あ、今ムートンの敷物がわたしの胸に触れている。なめらかではない。雑な感触。そう今誰にも触れられなかった、その胸にざらざらとした雑な感触を感じる。わたしの胸に初めて触れた人はとても乱暴に、とても雑に、大切ではない、そんな風に触れました。