今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

新連載1:猫とベイビー

f:id:tamami2922:20201017201754j:plain

都内、某所にきれいでスタイルも抜群でお尻も大きく、才媛の物腰が優しい女性がいた。名を「ゆき」といい、誰もがその「ゆき」は雪の降る夜、雪のように真っ白く生まれてきたのだと想像するのである。そして実際のところはというと、なに、その通りで、ゆきは1月の雪がぼたぼた降る日に、真っ白く生まれたから、ゆきの両親はとても力強く、ゆきと名付け、その名前から喚起される、誰もが思うその直截なイメージは、父親のその文学的才の故だったのだ。

 ゆきには大挙して男性どもが押し寄せ、群がり、それぞれが選び抜いた花を持っていた。ありきたりではあるかもしれない。そうバラを持った男性は心に思い、心細くなる。その他のバラを選んだ男性も周囲を見渡してそう思うのだった。つまりとにかく、バラを持ってきてしまった、男性陣はあたりをきょろきょろと見渡して、意気消沈、すっかりがっかりしてしまったというわけだ。

 そして選ばれたのは、健二という名の、24歳、ラーメン屋で働く青年だった。その青年は初めから、時間給でラーメン屋で働く俺などに、なんの縁もないのだと最初っから決めてしまっていて、そこに群がっていたのはただ単に、ゆきをそばで見てみたいものだという思いと、イベント感覚、それだけであったから、何も金をはたいて花など買う気も起らず、健二が持った花は、ゆきのもとへ行きすがら、空き地でむしり取った、シロツメクサであったのだ。そしてそのシロツメクサは手折られるとすぐにしなしなとしなびはじめ、ゆきに見せたころには、ただの「俺のへその緒でも見てください」というような、そんなゴミになっていた。けれどもちろん、健二はゆきに己のへその緒を見せたわけではないのである。

 

 これで何回目のデートだ?俺はうそぶいてみる。そう、6回目。紛れもなく6回目だ。俺は、毎回ゆきを水族館に誘った。そしてその前に、と入る喫茶店で、俺は必ずアイスカフェラテを飲み、ゆきはジンジャーエールを飲んだ。ジンジャーエール。ありきりではないが、そう珍しい飲み物ってわけでもない。ジンジャーエールはゆきにとても似合っていた。俺は中学の時と高校の時はモテたのさ、そう自信を持とうと思う。けれどジンジャーエールの氷をかき回す、ゆきのストローを持つきれいな貝殻みたいな、そんな色で塗られた、そして切りそろえられた指を見ていると、すっかり自分に自信も失うし、こうしているのが不思議なような気分になるんだ。

「どうして俺を選んだの?」

そんなことを聞く度胸なんてない。何か致命的な誤解があって、それが目の前でほつれていくんじゃないかと、怖かったのだ。

 というのも俺は大学入学と同時にラーメン屋でバイトをしだし、少しロックなどもやってみて、案外大学というものは楽しいものだと、思っていたら、出席があまりに少ないと、学部長に呼ばれ、除籍だ。という通告を受け、すみません、中退します。とやっと履歴書に書かれるは圧倒的に不利なようにも思われる、「除籍」ってやつを何とかのがれ、やと「中退」という称号を得たんだ。そして24歳、年寄りなら言うだろう。無限大の未来が、とか、頑張れば成し遂げられると。でも大学を2年で中退し、特に何に優れているわけでもなく、ただ漫然とラーメン屋で時給で働く、そんな俺にそんな希望を持てと言われても困ってしまうばかりだ。無限大のようにも、頑張ればっていう風にも思いたい。けれど俺と同じ年で俺と同じ境遇の男がいたら、多分二人で揃って

「あーあ」

と言うだろう。俺の未来っていうのは、なんの志望も諦めていたし、なにかができるとも思っていなかった。つまり

「あーあ」

そう言うものだった。

 そんな回顧を始めたのは、俺が口も開かずに、ゆきのきれいな貝殻色の爪を見てばかりいたせいで、そのときやっとゆきは口を開き、

「なんかさ、健二君って、私の手を見てるよね」

と言った。俺は大いに慌てた。そう言われればそうかもしれない。6回のデートの中6回ともゆきの爪ばかり見ていたような気がしないでもない。変態。俺はぞっとした。世の中の男一般、好きな女の子に、もし「変態」と思われてしまったら、もう首をくくるしかないだろう。そう、死ぬしかない。

「きれいな爪の色だなって、いつも思っててさ。それはうちのラーメン屋の従業員にも大学生の女子が働いてるけど、そんな爪じゃないから」

「それが珍しくってってわけ?」

「珍しいっていうか、とにかくなんかきれいだなって、」

 俺はその時確信したんだ。俺は早くも振られる。ゆきにとって俺は臆病で、多少若いくせして未来の展望もない、ただの爪フェチ男だ。

「爪、褒めてくれてありがとう。私音大じゃない?ピアノをやっていきたいと思ってるから、爪を誉められるのって結構うれしいな。あまり爪特定で誉められたこともないし」

そうか、と思う。俺が危ういところで失敗しなかったことは天の僥倖だろう。しかし天の僥倖っていうやつは、そう何回も起きることではないだろう。危ういところだった。これからはもし、手すりがあるのならその手すりにシッカリとつかまって階段を下りていこう、そう思った。

 「ねえ、今日は水族館はやめにして家に来ない?実はチーズケーキを夕べ作ったんだけど、一人じゃ食べきれないわ。7号でワンホール作ってしまったの。ベイクドよ」

ベイクドは俺も知っている。ワンホールっていうのも言葉の意味から推し量って分かる。けれど7号っていうのはなんだ?

「7号っていうのは、」

「そうなの、もちろん一人きりじゃ食べられないわよね」

そうか、7号。大きいらしいじゃないか。そんなもの俺が全部食べてやる。ひょろひょろして見えるかもしれないけれど、俺はいつも大盛りだ。7号。

 

また新連載1話:卒女生徒

f:id:tamami2922:20201018054947j:plain

 それにしてもあの話には驚いちゃったな。でもなあ、そういうの、もう当たり前なのかな? だってヒロコとわたしは同級生。だから来年三一才になるわけだ。そうして旦那さんがいて、ヒロコだって美容部員として百貨店で働いているのだから、そういうマンションの資料請求とか、マンションのモデルルームを見学するとか、そういうのってまあ、不思議でもないのかもしれないな。変な話、なんかヒロコの旦那さんって大手の出版社の編集って聞いているけど、いくらくらいとってるんだろう? だってマンションっていうのは、数千万とか、億を超えるとかそういうのもあるわけなんでしょう? ヒロコの話によれば、旦那さんはとんでもなく早いスピードで本を読むのが得意らしいけど、わたしだって本くらい読む。まあ、それはいいけど、編集っていうのがどんな仕事をするのか、ちょっとわからない。なんだか忙しそうとか、ドトールとか、前頭部禿げとか、そうね、ヒロコの旦那さんは禿げてはいないけれど、そうね、タブレット。そのヒロコの旦那さんを一言で表現するとしたら、「キーパッド付きのタブレット」だって思う。そしてやっぱりなって一人で思う。確かにあのヒロコの旦那さんは編集者だ。だって横に長くて楕円形の黒ぶちの眼鏡をかけてたもん。やっぱりそうなんだ。そう「タブレット

 そっかあ、そっかあ、って思いながら雨上がりの星がまたたく空の下、水たまりを避けながら歩く。でもさ、そんなことはどうでもよくってさ、この雨上がりの夜空みたいな素敵なコートを着て、ステキなパンプスを今履いている。コートはグレースのムートンコート、二十三万円なり。パンプスはナイン、五万円なり。買っちゃった。買っちゃったもんね。このコートを着て、このパンプスを履くとね、魔法が起きます。それはね、それらを身に着けた女子を、すべて、すべからくステキ女子に変身させるっていう魔法。ねえ、そこの少し酔っ払ってるおじさん? わたしステキ女子に見えますか? もしかしたら見えますか? 本当はステキ女子じゃないわたし。でもね今はステキ女子。そうなの。ボーナス、残ってないけど。

 わたしは高校を卒業してなんとなく医療事務の学校へ進学した。よっぽど頭が悪くなければ医療事務の資格っていうのは取れるって気がするけど、親戚には

「医療事務の資格を取るには猛勉強しました」

って言ってる。その親戚の息子さんは早稲田卒だったりもするけれど、わたしはすまーしてそういう風に言いう。リカコちゃんは、立派だね。よくよく勉強して、今は病院務めだよ。お父さんの山形に住む親せきだ。なるほどーって納得するらしい。

 いま左手にグレースのショッパーとナインのショッパーを持ってる。そこにわたしがお店まで着ていたピーコートと、ショートブーツが入っているっていうわけ。それほど重くない。っていうか今日ならば米俵だって担げるかも。つまり機嫌がいいっていうわけ。だって仕事が終って表参道へ出て、お店に入るまでは雨が降ってた。けどわたしがコートとパンプスを買って表へ出たら、星空だった。それは汚いものも美しいものも、ウソも本当も、間違っているものも間違っていないものも、あるいはそのどちらか区別もつかないものも、みんな洗い流してしまったような星空が地球全体を覆っているんじゃないかしら? って思ってしまうような夜空だった。知ってるわ。地球全体が夜になることがないことくらい。もちろんオーストラリアは星空じゃないことくらい。

 ムートンのコート、ずっと欲しかった。本当にあったかいことは毎年知っていた。どうしてかっていうと、毎年毎年、試着だけはしていたからだ。そして今年やっと買った。これがうれしくなくて、何をうれしいと言おう! なんてね。パンプスは、もちろんパンプスも気に入ってるんだけど、これはムートンコートを買ったときに何かに憑依され、憑依されたまま買ってしまったっていうわけ。いつもは好きじゃない水たまり。だけど今日は愛情を持てる。水たまりに対してだって愛情を持てる。だって星空と景色と車のヘッドライトと、信号の色を写してる。

 わたしは医療事務の学校を出た後、それこそ聖路加とか、有名どころの病院や、大学病院に面接に行った。けれどいつも不合格だった。母はそれをわたしの人相が悪いとか、父はそれをお前は愛想がないからな、とか言った。でもそんなものがなくっても有能な医療事務の職員として働けるはず、そう思った。けれど本当に面接に落ちまくって、やっと合格したのはわたしの実家から駅二個目、新越谷の個人病院だった。一生懸命働いたけれど、その診察の合間にある、お昼休憩二時間は当初本当に戸惑った。なんていうかうろたえるばかりだった。なにか仕事はないかって思ったし、二時間も何をしてりゃいいのよって思った。けれど今はスマホでテレビを見たり、本を読んだりして過ごしてる。たまには昼寝だってする。初めて昼寝をしてしまったときは、目覚めたとき「しまった!」って思ったものだった。でも今は別に「しまった!」なんて思わない。「あーあ、よく寝た」って思う。その病院っていうのは院長先生とその奥さんも医師として働いている家族経営っていうのかな? そういう病院で、看護師さん三人の女性ともわたしは違う立場にいたから、なかなか最初馴染めなくって、それがわたしを最初二時間の休憩にあまりにも所在ない気持ちにさせたのかもしれない。

 初めの三カ月は必死だった。仕事も必死だったし、休憩も必死だった。けれど何にたいして、とても必死だったかっていうと、お金を貯めることに必死だった。お昼、外食になんてとんでもないと思った。三人の看護師さんたちがわたしをランチを誘ってくれても断った。

「わたし、お弁当だから」

そう言って断った。お弁当はお母さんが作ったものじゃない。わたしが早起きして作った。なんでそんなに頑張ってお金を貯めていたのかというと、一人暮らしをしたいからだった。それは大人になるためのマナーだって思っていた。実家にいてさみしいのなら本物のさみしさを味わってやるっていう意気込みみたいなものもあった。別に彼氏がいたわけじゃないし、年中やって来て一緒にワインを飲んでチーズを食べる友人がいたわけでもなかった。そう、それが大人へのマナー。そう思ってお弁当を作っていた。母のお弁当でお金を貯めるつもりもなかった。もちろん、卵焼きを作るときの卵は、お母さんが買ってきたものではあったけれど。

 そして今の1Kの部屋を借りた。もう十年住んでる。初めて更新の知らせがきたときにはびっくりした。こんなにお金がかかるなんて知らなかった。その時は、なんていうんだろう、必死で「世知辛い」っていう生活をして何とか払った。そのあとは順調に進んでる。

 

(お礼を込めて)赤鼻のトナカイさん

f:id:tamami2922:20201018054641j:plain

今は2015年12月25日、0時29分だ。つまり今日はクリスマスであって、昨日はクリスマスイヴだったわけだ。イヴ。それを人は大いに祝う。誕生のわくわくに誰もがじっとしていられないのだ。

 そう、わたしもだ。順ちゃんが買ってきたオードブルとチキン、ケーキをむしゃむしゃと食べて、順ちゃんが飲めない赤ワインを大いに飲んで、したたか酔っぱらい、今日はイヴであるからいいのだ、と病気のダイエット中のセキセイインコ、ポコちゃんに餌を多めにやったかと思うと、今度は、順ちゃんが来ないと刺す、と座った目で言ったそうで、ベッドに入った順ちゃんにしがみつき、

「誰が赤鼻のトナカイを笑えるってんだよお!」

と叫んだかと思うと、そう、なんとなく覚えている、エレカシのメドレーをやった。その後、順ちゃんにもなにか歌えと強要した挙句、ぼそぼそとクリスマスソングを歌う順ちゃんにしがみつきながら、少し寝てしまった。目をパチパチと起きると順ちゃんはそこにはおらず、インコのケージには何枚ものブランケットがかけられていた。今はわたしは父方のおばあちゃんの形見の、西川の毛布を膝にかけているので、去年まで使っていた、2枚のブランケットはセキセイインコに譲った。

 そう今頃、サンタさんも大いに、赤鼻のトナカイも大いに、それこそ張り切って、働いているのだろう。それは子供たちに希望を与えるためだ。うん、素晴らしい仕事である。尊いお仕事だ。

 

 本なんて、本など、読まなければ読まないほどいいのだ。芸術一般、それっていうのは生活に倦んだ時に接するものだ。倦怠の産物。それが本だ。だいたいにおいて家のマンションに住みついている猫たちは、どうやら本を読まない。それは生活のすべてが生であってそこには倦怠がないからだ。倦怠がない猫には、まあ、そこいら辺はよく存じあげないけれども、多分、文化なんてないように思える。本を読まない猫は尊い。生活に倦むということを知らぬ野良猫どもは尊い。生きる。生きていく。それが野良猫たちのすべてだといっていいのだろう。

 

 今日友人と論戦になったことをふいに思い出す。kindleを買ったそうだ。まだ届かないそうだ。そして今までためらった「本を買う」という行為をこれで思う存分できると大変な喜びようで、わたしが「ふん、そんなもの」と発言したら、とても頑固で自説を曲げない友人は、

「読書とは人生を豊かにする」

と言い放った。わたしはそこで、なんせ論の立つべらべらしゃべる友人だったので、わたしはぼそぼそと、

「本、本なんていうのは、読まなければ読まないほどいいのだ」

とやっと言うと、

「読書っていうのは、とっても大切なものだわ。そう、人生を豊かにするんだもの」

とまた主張してやまず、

「どう、豊かになるの?」

と及び腰、

「だって、いろんな人の人生を体験できるじゃない?」

わたしは混乱をきたした。「そうなのかな?」とか「そうかも」とか思ってしまったのだ。つまりわたしの一瞬の怯みをつき、その友人は、話題を転じた。

 

 そして今日は珍しくテレビを見た。途中垣間見たに過ぎなかったからニュースの中の特集であったのか、ドキュメンタリーであったのかはわからないのだが、とにかくそこで「ひめゆり部隊」の語り部、その伝承者、戦争を知らない若者がひめゆり部隊の悲劇を伝承していくというものだった。わたしは単純に感動した。どうやら戦後70年になるらしい。わたしが覚えている「戦後〇〇年」というのは「戦後40年」からであるから、わたしも年をとったわけだなあと一抹の感想もやや混じったが、それはそれとして、その若い世代、その女性たちが、もう八〇代を過ぎたひめゆり部隊からの生存者に変わって、戦争、ひめゆり部隊の悲劇を語り継いでいく。尊い。そう思った。素晴らしい職業だ。わたしもそれをやりたい。

 それにしても「伝承者」としての「語り部」。これはちょっとした文化ではなかろうか。文化の割には有益じゃねえか。随分と偉そうな文化だな。随分と威張った文化だな。もしかしたら文化って偉いのかしら? そう、ちょっと思ってしまうのである。まあ、多くは語らぬ。

 

 そして職業と言えば、今天を、白い息を吐きながら、走っている赤鼻のトナカイさんだ。子供たちに、夢に過ぎないかもしれない、でも夢ではないのかもしれない、そんな宝物、「希望」を、吐く息が徐々に苦しくなろうとも、走って 配っている。そう悪童であってもよい子であっても等しく。それはコンプレックスまで武器にした、とても崇高な、走る「走る」っていう行為に見える。

いつもは笑われている赤鼻のトナカイさん。

いつもは笑われている赤鼻のトナカイさん。

けれど、そんなコンプレックスがあった故に、今日その赤鼻とトナカイさんには「役目」があるのだ。

 

 さてわたしが係る芸術。そいつはブンガク。これは呼吸にさえ役に立たないことで有名だ。でもわたしはさっき気づいてしまったのだ。わたしは赤鼻のトナカイさんと案外似ているのではないかと。己のコンプレックス、それは内緒だけれども、それさえむきになって、武器にして、駆けまわる。必ず、わたしの書くものを、活字を目で追って、読んでくれる人がいるっていうこと信じて。それが作っているわたしにはわからない理由であっても、読んでくれる人が必ずいると信じて。別に負けず嫌いで本を一生懸命読む人に、読んでもらいたいとも思わない。

 

わたしは人が見たなら滑稽だろう。冷えピタのヘビーローテーション。書いていると汗をかきます。考えていると汗をかきます。そうです。わたしは案外な悩む葦です。今はもうユニクロヒートテック一枚でキーボードをたたきます。それがどうっていうわけじゃないっていうことも知っている。それが役に立たぬことも知っている。けれど倦怠が、産んだその隙間、そのふとした隙間、それに入るサイズの光るもの、大きいかもしれないし、もしかしたら、目に見えぬほど小さい砂粒かもしれない、なにでできているのかもわからない。でもその隙間の、無益な存在であるがまま、役に立ちたいのだ。

 

そして時に人は痛烈にそれを欲しがる。そうなの。わかってる。本を読まなきゃいられない、そんな弱さ。人にだけある、そんな弱さ。本を読まない子供より、本を読まなきゃならない、オトナの方が、なんぼか大変か。そういう時がたまに訪れるっていうこと。たまには隠れたいと思うこと。本を読まなきゃやってらんねえって思う時があるっていうこと。心弱い人間の秘密を解き明かすとすれば、食べるとか睡眠とか、子孫をのこすだけでは、はみ出てしまう、なにか余ったもの、それが精神の世界に侵入してくることを。必要とすらするかもしれない。それはとても「慰め」という姿に似ていて、その、本を読み泣く人を、わたしは泣かないで正視できないのです。そう、駅のホーム。その端の方の冷たいベンチ、そこで本を開き泣いている中年の男性。わたしはあなたの味方です。あなたこそ尊い

 

 どんな職業からも拒否をされ、コンプレックスはいろいろ。それは秘密のコンプレックス、無益だとは知っています。でも役に立ちたいのです。

 そうだ、なんの役にも立たないさ。カロリーでもなければ、女子に必須のビタミンでもない。けれど生活の倦怠を感じたなら、そこに隙間を感じ、空虚を感じたら、もしかしたら読んでくれるかもしれない。それを願って、今日もキーボードをたたく。

 

赤鼻のトナカイさんを誰が笑えよう?

赤鼻のトナカイさんを誰が笑えよう?

わたしは酔っ払って、何回も何回も叫んだんだそうです。

生活の倦怠。それは大きいため息だ。

 

心細い。なにをあてにしていいか、わからない。

病気のセキセイインコのケージを夫婦で覗き込む。そう、薬を飲み続けなければ死んでしまうブルーのインコと、片足がびっこの黄色いインコを飼っています。それを見ているとなんだか泣けてしょうがない。確かにこのポコちゃんときぃちゃんは神だ。けれどそれを見て泣く私と、それを覗き込んでは見てみぬふりのわたしの旦那。そう神より偉いのはわたしたちなんだ。

 

新連載の最終話:猫とベイビー

f:id:tamami2922:20201017201754j:plain

俺はそこで深呼吸をした。話しながらブレスの瞬間がうまくつかめない。

「俺はデートの最中、いつもゆきの爪ばかり見ていただろう?それは爪が貝殻みたいできれいだっていうこともあるけれど、それは他にも理由があるんだ。つまり、君の目を見れなかった。顔も見れなかった。まぶしすぎたんだ。太陽を直視できないように、まぶしすぎて、まぶしすぎて、ゆきの顔が見れない。ずーっとそうだったんだ。まぶしいんだ。どうしよもないんだ、どうしようもない、俺は君が好きなんだ。どうしようもないんだ。変なことを言うようだけど、今はゆきのことを普通の髪の長い女性って言う風に見える。そして下の歯が少しがちゃ歯なのも知ってるし、奥歯に虫歯があることだって知っている。だけど好きで好きでしょうがないんだ。俺にとってはゆきは特別なんだ。多分一生特別なんだ。俺は多分ノーベル平和賞をとれないし、おそらく区議会議員にもなれない。いや、もしかしたら努力すればなれるのかな?俺はそういうことに正直疎い。なれるのかもしれないけれど、多分なれないだろう。でも俺にできることがたった一つだけあるんだ。それは空き地に座って、時間も忘れ、眠ることも忘れ、お腹が空くのも忘れ、お尻が湿っていくのもかまわず、ひたすらシロツメクサを編んでいくっていうこと。それはできる。だから、だから」

思うように息ができたらなあと思う。うまくブレスをつかめないから、一気に呼吸することもなく言ってしまっているような気がする。そしてその「だから」と言ったあとに、何を続けていいのか分からない。ゆきはしばらく笑いをこらえるような顔をしていたが、俺が「だから」を2回言った後、笑い出した。

 

 「しょうがないわねえ、ほんっとしょうがない。いいのよ。私がピアノ教室でもやって、食べさせてあげるわ。だから次の3点を守って。一つ目はいたずらに部屋を散らかさないこと。これは少し健二君に見られる傾向よ。ポテトチップを食べ終わったって、袋をゴミ箱にだって捨てようとしない。二つ目はね、いつかみたいに、私のために、閉まっているシャッターを、必死で、本気になって叩き続けてくれること。そして三つ目はね、いつかピカピカの帽子をかぶって、ギターを弾きながら歌って、客席にいる私に向かってピカピカの帽子を投げてくれること」

そしてゆきは、ゆっくりコーヒーを一口飲んで、脚を組みなおしてから、

「あとはいいの、いいのよ。それだけよ。健二君が健二君であるならばそれでいい。ノーベル平和賞に幻惑される様な、そんな簡単な女じゃ、私ないつもり、そしてね、私の大事にしてた秘密を教えてあげるから、ちょっと私の横に座ってくれる。いつまでも正座してたら、足がしびれるわよ」

俺は立ちあがったが、よろけた。ゆきの予言通り足がしびれていたっていうわけだ。

何とかソファのゆきの横に座り、ゆきはなんだか今、初めて見るような表情、戸惑い?違うな。そう、恥ずかしがっているようにも見えるんだ。そして内緒話をするときのように、俺の耳に手をあてがい、息が漏れていくみたいに、小さな声でささやく。

「あのね、大きい声じゃ言えないんだけどね、私がね、いつも使っているグロスにはね、名前がついててね、いつも使っているグロスの名前は、『花のみつ』、そして健二君には限定で『内密に』をつけてるのよ。私、その程度の女なの」

って言うから俺たちはこの世から不幸が一切消え去ったのかもしれない、やっと世界中の空がつながったのかもしれないって言う風に、大声で笑いだしたんだ。そして、ゆきはそのままこう言ったんだ。

「駅前のラーメン屋に行かない?こってり塩ラーメンを食べたいの」

俺はなんていうだろう、そうだ。そのこってり塩ラーメンを大盛りで食べようと思った。大盛りがないのならば替え玉を。今奇跡を起こしたのは俺じゃない。ゆきなんだ。

 

 

もし僕が万物の創造主になれたなら

 

君に

 

君によく似た芍薬の大きな花束と

キラキラ輝くダイアモンドと

アンティークなイス

 

みんなみんなプレゼントする

 

もし君がそれらを欲しいと願うのなら

今、僕はどうしたって万物の創造主っていうやつになってやるって

そんな気概が湧いてくるんだ

 

もし君がそれらを欲しいと願うのなら

 

 

 

いつか結婚式をあげよう。俺はそう言っていた。そのまま俺は29になりゆきは27になった。俺はというと、大学の頃の友人に電話しまくって、何とかバンドを組み、妥協しながら、それでいて時にはむきになって、のみこまれたり、まきこまれたり、妥協をやめたり、そんな風にしながら、何度もメンバーチェンジを繰り返すという変遷をしながらも、今は、そこそこの動員数のある、それでいて地味だが確かな存在感のあるそんなバンドになることができた。

 そして俺は売れてくると、ゆきと内緒話をした数日後に見つけたラーメン屋に努めたが、それも辞めた。それはそれほど真剣にラーメンを作っていたわけじゃなった。サボりながらやっていた。たまにはあくびもした。けれど今は真剣に、サボれないものを持っている。

 

俺たちはオープンガーデンで式を挙げた。式って呼べないかもしれない。パーティーのようなものだ。俺は29にもなるのに照れまくっていて、照れすぎて赤ワインに酔ってしまった。ゆきは隣で笑っている。ウエディングドレスを着たゆきはとてもキレイだった。けど、そのことに動じるほど俺は弱くなくなっている。その日空には雲さえなく、どこかのデパートの屋上なのか、それともモデルルームなのか分からないが、ピンク色の丸いアドバルーンが浮かんでいる。近くで見れば、それはバカでかいんだろう。けれどここからでは、そう大きく見えるわけじゃない。それだけの装飾しかないそんな青空だ。そんな青空の元ゆきは笑っている。笑い続けている。なにがおかしいのか知らないが、照れている俺の横でゲラゲラ笑っているんだ。頭にはシロツメクサの冠が乗っかっている。ゆきは笑っているんだ。高い青空に突き抜けていくようなそんな、笑い方で。

 

                                   了

 

新連載11話:猫とベイビー

f:id:tamami2922:20201017201754j:plain

 

俺はやっとスマホを取り出し、少しいじってみる。そして電話帳を開けて、ただスクロールする。ダメだった。そんな心境で電話をしたら、俺の声はのどを狭められ、うまくしゃべれないだろう。そして泣きたい気持ちにもならない。終わりを見るときは他人は涙を見せず、ただふわふわ浮いているだけだってことを知った。そしてゆきに電話をする。呼び出し音が流れて、俺はすぐに電話を切った。やっぱりだめだ。おしまいは見ないで、ただの無職の24歳になってしまってもいい、そう思ったんだ。するとゆきから電話がかかってきた。出た。

「首尾はどう?」

「ゆき、聞いてくれ。俺はめんてぼを盗む子に失敗した。そしてさらに言えば、俺はさっき、ラーメン屋をクビになった。俺にはもはや、ラーメン屋で働く、という特性もなくなってしまったんだ」

「つまりはめんてぼ窃盗を失敗して、ラーメン屋をクビになった。そういうことなのね?」

「まあ、そんな所につきる」

「もういいから、早く帰ってきなさいよ。今日はやけっぱちにお酒を飲みたいかもしれないけれど、飲酒運手には反対よ。ゼストでくるんでしょう?温かいシャワーを浴びれば、何か新しいアイディアが浮かんでくるかもしれないわよ」

「帰ってもいいのか?」

「もちろんよ」

「何か特別な話があるんだろう?」

「そうよ」

男女の別れには、たいてい何かしらの会話があり、そして別々になていく。そしてそれが修羅場でないとしても、

「時間は短かったけれど、あなたと付き合ったことに後悔なんてしてないの。ありがとう」

とか

「いつまでもお元気でね。そして明るい奥さんをみつけて幸せになってね」

等々だ。俺は円満に女と別れるとき、女はみなそんなことを言う。でも、ゆきは音楽家だ。つまり芸術的な女性と言える。そんなゆきがいくらでもいる公園の鳩のように、他の女とおなじようなことを言うとは思えない。ゆきも「惜別」と思ってくるだろうか。最後だ。どうしてもゆきの姿、笑顔が見たい。

 俺のゼストはふわふわと動く。店長もふわふわと言っていた。そしてさっきも俺はふわふわしていた。もしかしたら、ふわふわしていることは罪なのかもしれない。店長の言うように。まるで空に浮かぶ雲の中を走っている気分だ。俺はスピードを出さず、ゆっくりゼストを走らせた。ちょっと先に赤い傘を持った。女の子がいる。俺はその女の子の横を通り過ぎる時、

「そこの赤い傘をさしたお嬢さん、俺のことを俺だと思っているでしょう。でもね、少し違うんだ。俺は俺のように見えるけど、本当を言うと紙風船なんですよ」

そう、俺は空っぽだった。赤い傘に気づいてから、小雨が降っていることに気づく、いつも、いつも、もしかしたら大切だった物事を一瞬忘れてしまってから、気づくんだ。そしてそれは俺の習性なのかもしれない。サボっている、サボってきた、だって、人生に起こる何を見ても、何を聞いても、何を語られても、それらは俺にとって「サボってもいい何か」としか思えなかったんだ。

ゆきは笑って俺を出迎えた。

「さあさ、シャワーを浴びて。私と一緒に明暗でも練りましょうよ。そういうのって健二君、上手でしょう?」

「でも、実行に移すと俺は何もかも終わらせてしまうんだ。俺は計画を練って、事に臨み何もかもめちゃくちゃにしてしまう。それはいつもいつもなんだ。ゆきだって知っているだろう?」

「終わっているように見えるだけよ。本当はきっと続きがあるんだわ」

「そうかな?」

「そうよ。きっとそうよ。バスタブに熱いお湯もためておいたの。ゆっくり入るといいわ」

俺は服を脱ぎ、パンツを脱いだ。その「服を脱ぐ」であるとか「パンツを脱ぐ」っていう動作をするためのエネルギーがどこから湧いてくるかさえ分からない。

俺はいつゆきが致命的な会話を始めるのだろうと、そのことばかり考えていて、ただ湯気の立つコーヒーの中身をのぞいているだけだ。ゆきの言葉なんて聞いているような気もするが、聞いていないような気もする。そしてよく見るとゆきは今日は化粧をしている。俺はつけまをばっちりつけるような、化粧の濃い女は苦手だ。たとえ美しいと思ったって苦手なんだ。その女たちはなにかを隠している。そしてそういう女はシャンプーじゃない、何かの香りを振りまく。動物的個体性さえ、そういった女たちは消そうと必死なんだ。

そこまで考えてみて、ゆきを思う。ゆきは確かに水族館デートの時、化粧していた。俺はそのことを知っていた。というか、分かっていた。そしてゆきがすっぴんを見せたその瞬間だって覚えている。でもそれからはいつゆきがすっぴんであって、いつゆきが化粧をしているその姿を俺に見せたっていうことは、もうあいまいで分からなくなっている。あの時は?あの時は?と思ってみてもあいまいでよくわからない。もしかしたら俺は、ゆきが化粧をしていようと化粧をしていなくても、どうでもよくなっているのかもしれない。

「明日ね、粗大ごみでこのカーペット捨てようと思ってるの。手伝ってね」

「うん」

俺は相変わらず、コーヒーの中身を見ていたが、少し頭をはっきりさせようと思い、一気にコーヒーを飲みほした。「明日ね、粗大ごみでこのカーペット捨てようと思ってるの。手伝ってね」?

俺は仰天した。俺は朝までいていいらしい。しかもカーペットを捨てるというのは必ず、一人ではできない共同作業と言うことになるだろう。ケーキカットの前にあらかじめ予行練習でもするような、そんなカーペットを捨てるっていう共同作業。

 俺はどうとでもなれ、という気もちになり、そして逡巡し、そして考える。俺は今までとことんサボってきたけれど、ゆきに対してはサボったことなどないぞ、と。今、今この瞬間だって、サボるべきではないのだ。サボっていい時もそれはある。というか、俺の人生はその連続で、俺は麺を切りながらよくあくびをしていた。女とその前に見る映画を見ている最中にだってあくびを連発したし、しょんべんをしながらだって大きなあくびばかりしていた。そうだ、今はあくびをしている場合じゃない。カフェインは俺に勇気とエネルギーを注入した。

 そしてゆきが座るソファの向こう側、コーヒーテーブルを挟んだ向こう側に俺は正座をした。俺もまた正座か、芸がないなと思うのだが、それ以外やりようがないんだ。

 「俺は現在24歳で、無職だ。そして自慢できるような学歴も持ってないし、ポルシェだって持っていない。そんな24歳だ。そんな24歳だから、なんの自信も持てやしないし、俺だってゆきが俺のことを好きになってくれるとも思わない。へまをしてめんてぼ窃盗も失敗し、おまけのようにラーメン屋もクビにもなった。どこに、どの辺で自信をもっていいのか分からないし、今はただひたすらに自信がない。それは多分自信をもっていい場所を俺が持っていないからだって思う。今こそ、宿はなしを歌うべきなんだろうなって俺はここに来るゼストの中で考え続けたんだけど、そんな歌声なんて出てこないんだ。そう、宿はないのかもしれない。でも宿はなしを歌えない。矛盾だとも思う。でも歌おうとおもうのに、口から出てくるのは空気なんだ。溜息ですらない。空気が漏れていくだけだ。そうやってここに着いた」

新連載10話:猫とベイビー

f:id:tamami2922:20201017201754j:plain

そして緞帳がまた開く。向かいのホームに赤いラインの走った電車が止まり、乗客を吐き出してから吸い込む、そう深呼吸するようにして、また走り出す。そうだ。俺の目の前の緞帳は開かれ、何かが走って行った。始まるのだ。俺の冒険の第2章が。俺は腕が震えるような気分で、そしてそれは本当に震えはじめ、両手をぎゅっと握り、ワクワクした気持ちはあの赤いラインの走った風景と同じように見えたんだ。つまり走っていく。そういうことだ。

 ホームでゆきに電話をかけた。ゆきに電話するなんて久しぶりの様な気がする。ゆきが笑いながら

「なあに?」

と言う。

「何でもないんだけどさ」

そこで特急が走り、俺の声もゆきの声もしばしかき消される。

「俺の目の前を電車が通って行ったんだ。それは俺たちが走っているから、電車が入って言うように見えるんじゃなくって、本当に電車は走ってた」

「うん」

「つまり、俺たちが走っていても、景色が走っていても、それは同じこと、そう誤解していたんだ。俺は景色にまかせっぱしでいるわけにはいかないっていうことが、最近になって、少し思うようになったんだ。つまり、俺が走って、景色が走っていくように見える。そうしなくちゃならなかったんだ」

ゆきが笑って

「もうすぐ電車が来るでしょう?」

と言うので

「どうして分かった?」

「最近ね、そういうことが分かるようになったのよ。電車に私の声がかき消される前に言うわ。頑張ってね」

 

  俺は予定通り、ラーメン屋に5時に着いた。厨房に行き、

「やあ、おはよう」

と言ってしまう。いつもは

「おはようございます」

だ。

そして厨房の奴らも、

「おはようございます」

と答え、鶏肉と格闘している。

「ちょっと煙草を吸ってくる」

そう言いながら、俺の腕は背後で素早く動き、シーバイクロエのずた袋にめんてぼを入れることに成功した。そうだろう。鶏肉を分解する過程に、一生懸命になっている奴らに、俺に心ときめく恋愛が、内蔵されていることを、洞察できるような奴らじゃない。俺は成功した。そして予定通り、「宿がなし」を歌いながら、厨房を出ていき、バッグルームに戻り、パイプいすに、めんてぼの入ったシーバイクロエをさりげなく置いて、トイレに入った。

 上出来だ。今のところなんらミスはしていない。この後、俺は腹が痛くなってしまうことになっている。期限の切れたちーかまを食べてしまったせいだ。そうだ、今のところ、出来すぎなほど、うまくいっている。俺はさらに上機嫌になり、もう一回最初から、宿はなしを歌い始めた。

 トイレから出ると、店長がパイプいすに座って、タバコを吸っている。予想外だ。そんな予定は立てていない。つまり俺が機嫌よくもちーかまにあたって苦しみ、トイレから出てきたときに、店長がいるなんてゆきと話した作戦には、そんなことが起こりようもなかったが、今現在起きている。

「マスター、おはようございます!」

俺は直立して、店長を、なぜかマスターと呼んだ。

「俺、腹を壊してるんです。さっきも中々トイレから出られなくて。そういうわけで今日は帰らせてください」

俺は恐る恐るシーバイクロエに近づき、持ち手を持とうとするが、持てないでいる。

「お前は機嫌よく歌いながら、下痢をするとでも言うのか」

「俺の下痢は機嫌がいい」

また、俺は変なことを言っているなと思う。

「そしてお前は、めんてぼを盗もうとしているのか?」

 俺は過去に経験している。これも高校の時の話だ。ブルマーの良く似合う、顔もそこそこの女を俺は誉めた。顔がそこそこといったって、特に美人とかかわいいと言える程度でもない。その女の太ももにはセルライトも浮かんでいるような太ももなのに、俺は懸命に、その女子の脚について誉めた。

「なんていうか、君の脚は『黄金比率』としか形容しようのない、素晴らしい脚に俺は思えるんだ。太くはないけれど、そうやせ過ぎでもない。そうなんだ。君の脚は『黄金比率』を形容しているような脚なんだ」

俺は何回か「黄金比率」と言ってみたら、その女の脚は本当に黄金比率に見えてきたんだ。そうやってたまにはウソも役に立つことはあるし、結果それが真実になることもある。そうなんだ。俺はその女の脚が黄金比率であると全身で信じられるようになったんだ。つまり、ウソは貫き通したら真実になる、俺はそう思いしだしていた。

「お借りしたかったんです。俺、最近めんてぼのやり方に少し迷いがあって。ちなみに今日お借りしても、今日はちーかまの食べ過ぎで体調不良っていうわけで、今日は練習できないんですけど、明日早朝5時には起きて、めんてぼの特訓をするつもりでいたんです。ですから、明日の出勤にはめんてぼを持ってくるんで、それまで貸してもらえないでしょうか?」

そうだった。確かに俺は最近めんてぼの扱いに迷いがあった。明日早朝5時に起きたら、めんてぼの特訓をしよう。

 俺はめんてぼを借りるという言葉にうっとりしていた。店長はそう恐ろしいっていう、テレビなんかでやっているような店長じゃない

「クビだ」

「ボス、しけてるぜ」

「お前らにとって、ラーメン屋で働くという意味をつけるとすれば、デート代が欲しい。ラブホに一晩泊りたい、なんとなくラーメンで働くに至った。そういうことなんだろう。でもな、俺には嫁と子供がいて、おれはふざけてやっているわけじゃなく、その嫁や子供を、養っていく。食わせていく、そう2本の足で立つように、ラーメン屋をやってるんだ。そういうバイトの連中が、ふわふわめんてぼを扱うように、または、お前のようにめんてぼを盗もうとするやつに、俺は金を出したくないんだ。クビだ」

店長は、俺のというかゆきのシーバイクロエからめんてぼを取り出し、俺にシーバイクロエを投げ、俺は上手にキャッチしてみせた。

 俺はなんだか無性にゆきの声がききたくなった。俺は電話をしただけで、もう終わってしまうと思っているし、ゼストの中で、ゆきの言葉を聞き、ゆきの表情や仕草も、マルボロのゴールドに火をつけるさまも目の前に浮かぶんだ。俺のこれからの人生は、妄想で終わるのかもしれないとも思う。ゆきが見せたジンジャーエールの飲み方や、手の動かし方、全世界の女に絶対に似合わないだろうという、服装や話し方。それを妄想するだけの24歳、いや、俺がたとえ40になろうとも、それ以上になろうとも、日々妄想し続けるしかないんだろう。

友人が言うかもしれない。

「時間が解決する」

でもそれは違う。ゆきは俺にとっての運命の人にであったんだ。すれ違っていくだけの、そんな恋愛。それとは全然ちがうんだ。それは「絶対」に思えるんんだ。もちろん怖い。今1点目に怖いということは、「ゆきをがっかりしてしまう」と言うこと、2点目は、昨日ゆきの部屋では、もうそこに存在していたゆきを、もう見ることができないということだ。

 

新連載9話:猫とベイビー

f:id:tamami2922:20201017201754j:plain

俺はゆきにキスをした。居ても立っても居られないっていう風に。何度も角度を変えて、長く、長く、ゆきの唇にキスをした。

「苦しい、息ができないじゃない」

そう言ってゆきは笑うが俺は笑わない。

 その時初めて知ったんだ。意志を持つ、人格のある、心のある女性を抱くということ。それはとても丁寧でとても優しい。壊しちゃいけない、そう思う。ただ愛しい。とても大事でとても愛しいという気持ちが湧いてくるんだ。そしてその愛しいという気持ちは何がどう変わろうと、空の色が何色になろうと、俺の身体がバラバラになろうと、続くんだ、そう思った。

 そしてゆきは下着をつけたが、俺は真っ裸のまま、ゆきに

「ごめんね」

と言った。多分説明不足だ。俺は昨晩、ゆきを乱暴に扱ったことを後悔していて、それを考えていたら、つい口から「ごめんね」というつぶやきが漏れてしまったんだ。ゆきは「いいのよ」と言わず、

「ありがとう」

そう言って寝息をたてはじめ、俺もやっと問題は山積みであっても、それはその時、直面した時に考えればいいさ、という気持ちにもなって、やっと安心して眠れたんだ。

 

 起き際、俺は激しいばちーんっというびんたで起こされた。

「健二君、私は何度も健二君を起こそうとして呼んだし、身体だってゆすった。何故起きないのかしら?私は前回は何発ものびんたで起こしたけれど、今回は効率的に一発で起こしてやろうと思ったっていうわけ。さあ、早くシャワーを浴びて」

 ゆきは体育座りをして、マルボロのゴールドを吸っている。そういえば俺はマイルドセブンだ。俺はありきたりな男だ。これからはマルボロのゴールドを吸おうかな?と考えて、いや、俺はそれだから、そういう風に今まで考えてきたからダメなんだと考え直し、一生マイルドセブンを吸い続けてやる、と決意した。

 ゆきの香りのシャンプー。昨日は酔いと、目前に迫るミラクルに圧倒されて、シャンプーの裏書までは読まなかったが、俺は今日頭をごしごし洗いながら、読んでみた。

シャンパンハニージュレ

シャンパンは分かる。あの飲むやつ、酒だろう。ハニーは多分はちみつだ。ジュレ?確か食べ物だったよな。

 風呂から出ると、ゆきは髪を後ろでまとめている最中だった。それを横から見たとき、俺はドキッとした。白い、その首から肩にかけてのライン。それは造形的に完璧に思えるんだ。そしてその首から肩にかけてのラインを、俺は今独り占めにしている。その独り占めにしているっていう状態を、なんとか終わらせないよう、少なくとも短く終わらないよう、そう切実に願うばかりだし、その為なら窃盗だって企てる。そして実行もするんだ。

 「ゆき、俺はめんてぼを盗む」

俺は俺の一言が、何か国政を決定するような大いなる問題に結論を出したみたいに言った。

「つまり、結果、俺はめんてぼを盗む」

俺はもう一回言った。ゆきは

「今度は失敗しないよう、慎重にね」

と言う。その目には強い意志が宿っているように見えたが、俺がゆきの目を見ることなどほとんどないから、いつもなのか、それとも今に限ってなのか、それすら分からない。

「そして」

ゆきは続けて言って、クローゼットの中から、大きなバッグを取り出した。

「これは昨年、友達と温泉旅行に行くために買ったバッグよ。大きいでしょう?これならめんてぼも入るわよね」

見るとそのずた袋には「シーバイクロエ」と書いてある。ゆきが持っているそのシーバイクロエのバッグは確かに大きいように見える。もしかしたらめんてぼだって入るかもしれない。

「ゆき、もうあまり時間もないけれど、作戦を一緒に練らないか」

「そうね。私たちは今まで、少し行き当たりばったり過ぎた気がする。よくよく作戦を練りましょう」

「俺は今日はいつもより1時間早い5時に店に入ろうと思うんだ」

「そして?」

「つまりいつも俺は6時に店に入るんだけど、5時っていうと厨房で仕込みをやっている奴らがいるんだ」

「うん」

「そこにはめんてぼが、めんてぼが置いてあるわけだ」

「うん、うん」

「俺は後ろ手に持ったシーバイクロエにめんてぼをさっと放り入れる」

「ナイス」

「俺はちょっと煙草を吸わせてくれと言って、いったんバッグルームに戻る。その時、厨房からバッグルームに戻るとき、鼻歌を歌いたいと思うんだけど、なんの曲がいいだろう?ゆきはどう思う?」

「そうね、木綿のハンカチーフなんてどう?」

「それもいいな」

「もしくは、そうね、健二君はその時大きなシーバイクロエを肩に担いでいるわけだから、その後ろ姿に似合うのは、『宿はなし』なんて、抒情的だしいいと思うな」

「OK。そうしよう。そうだな俺は厨房から去り際に、宿はなしを歌うことにする」

「そこで煙草を吸うの?」

「違うんだ。シーバイクロエを、そうだな、乱雑に並べられたパイプいすの上に置いて、トイレに駆け込むんだ」

「どうして?」

「いいから、聞いてくれ。俺は結構長い時間トイレにこもる」

「うん」

「そして青ざめた顔で、厨房に行き『やばい、何かにあたったらしいんだ。そういえば今日、賞味期限の過ぎたちーかまを食べてしまったんだ。あれがいけなかったのかもしれない。タバコを吸おうと思ったら、いきなり催してしまって、今までずっとトイレさ。俺は今日は帰る。店長によろしく言っといてくれ』と言って、むんずとシーバイクロエを担ぎ、店を後にする。そして俺の中古で買った、ホンダの軽、ゼストを走らせ、ここまで戻ってくる」

「そしてここでラーメンを作ってくれるっていうわけね」

「察しがいい。その通りだ」

「よく練られた作戦だわ。いつ思いついたっていうか、いつそんな作戦を練ったの?」

本当は作戦を練ろうと言いだしたとき、俺の中には何の腹案もなかった。けれどいつもゆきは俺に奇跡を起こす力みたいなものをくれる。確かに俺のたてた作戦は、完璧ですきがなく、よく練られている。その一方でその作戦はゆきとの会話の中で、勝手に生まれてきた、 妄想に過ぎない。

「ゆきは俺をばちーんっと殴って、俺を起したろう?俺はその時寝ていたんじゃない。作戦を目をつぶって思考していたんだ」

「そんなの嘘よ。よだれまで垂らしてたわ。それに私は殴ったんじゃなくって、びんたをしただけよ。少し強めに」

「違う。よだれを垂らすほどに深い思考の迷路に俺はいた」

「ふーん」

 

「行ってくる」

「いってらっしゃい!気を付けてね!」

そんなゆきの部屋のマンションの玄関で交わされた言葉やその風景ははもしかしたら、新婚さんに見えやしないか?俺は駅へ急ぎながら、笑いたくなるのを抑えるのに必死だった。幸せだったんだ。その駅への道は坂道を登っていくのだったが、俺は「宿はなし」を早くも歌い、その坂道を登って行った。

 

新連載8話:猫とベイビー

f:id:tamami2922:20201017201754j:plain

ゆきはおれの話を聞きながら、マルボロのゴールドに火をつけ、ふーっと吐いた。そして俺の話が終わると、それだけ?とでもいうような表情をして、こう言うんだ。

「私の元にはそんな話はいくらでも転がってるの。大抵の男性が似たようなことを家の玄関で宣言するわ。私はスリッパも出さず、「入ってよ」なんて言うこともない。それなのに、そういった人たちは、玄関で大声でしゃべるのよ。いずれは売れまくる大作家であるとか、いずれは有名な外科医であるとか、アバンギャルドなアーティスト、そんなことも言う人がいる。果ては現在のエジプト情勢を俺が何とかおさめ、ノーベル平和賞をとると言う人もいたわ。そういうの、もう飽きてるの。だから、もうそういうのはいいわ」

「もうそういうのはいいわ」

と言われてしまっても俺は考えていた。総理大臣とノーベル平和賞だったら、どっちがすごいのだろうか?そして心弱く、俺の方に分がないように思える。ノーベル平和賞。すごい。

 俺はとうとう床に両手をついてしまった。なにを言っていいのかもわからない。それなのに今俺はソファに座るゆきに両手をつくっていう格好で、何かを言わなきゃならない。

「俺はノーベル平和賞はとれない。すまない」

「いいのよ」

ゆきはそう言った。

 

 100メートルくらい

走りましょうよ。

 

いまのあなたって

捨てられて戻ってきちゃってごめんなさいっていう

犬みたいだわ

 

もういいからたまには走りましょうよ

100メートルくらい

わたしヒール履いてても

 

いまのあなたに追いつけるって気がする

そうなんかいもへこたれられても困っちゃうわ

 

  「ところで、いつ私にラーメンを作ってくれるの?」

「え?」

俺がゆきの言葉に対する感想は「え?」というもので「え?」でしかなかった。俺はゆきが腹を空かせているというのに、あらゆる、俺なりの努力はしてみたものの、結果、ラーメンを作ることに成功しなかったため、俺はゆきに俺が差し出したへその緒のようなシロツメクサのように、駅のゴミ箱かコンビニのゴミ箱かなんかに、名残惜しさもなく、捨てられると思っていたんだ。そしてこんな気分になった。過去なんてまるでないみたいだ。そして未来ってやつは厄介だ。よく見えやしない。過去もなく未来もよく見えず、あるのはただ、今だ。今ならはっきり見えている。ゆきがいる。

 俺の身体中の細胞が活動を始め、その細胞一つ一つが、俺は今生きている、と主張を始めている。おい、俺の細胞とやら、やっと目が覚めたらしいな。そして何もかも、俺の身体を構成する何もかもが、やっと目覚め、立ち、動き出し、生きているんだと喜びに叫んでいる。

 

 「めんてぼを盗むのよ」

「めんてぼを盗む?」

「そう、それしかないわ」

盗む。おれはそういうことは経験したことがない。そうだな、確かに中学の時に本屋で、いてもたってもいられず、エロ本を万引きした。それだけだ。けれど今、ゆきはめんてぼを盗むのだ、と言った。万引きだってそりゃ「盗む」ということと、何ら変わりがないのだろうが、それでも「盗む」という言葉で想起させるのは、何か犯罪の香りがする。それは確かに犯罪ではあるのだが。けれど「万引き」と「盗む」、つまり「窃盗」は何か大きく違うように感じる。ああ、そうかそりゃ「万引き」だって「窃盗」だ。

 そして感じる。「盗む」。これはゆきと俺にとって遊びじゃないんだ。食べるということ。これができなければ人ってやつは死んでしまう。食べるという行為は、そういう人間にとって最上級のレベルで語られるべき、大変重要で、大切な問題だ。そうだ。つまり遊びじゃない。俺は今夜、真剣にめんてぼを盗む。

 そう決意すると、俺は体の中に何か力が充満してくるのを感じた。地球のエネルギーを俺は今、足元から吸い取っている。そのエネルギーは、測られるのを拒む。なぜなら、測ることができない、そういう種類のものだからだ。俺は今、夕暮れではないが、オレンジ色に輝いているのを感じている。こういう時に沸くエネルギーは、ただ、まぶしくオレンジ色に輝くしかないものなんだ。俺は24。今それを知った。

「さあ、とりあえずフレンチトーストも食べたし、もう一回寝ましょう」

見るとゆきは濃紺のTシャツと、エルモの描かれたショートパンツを履いている。俺がエネルギー充填中にどうやら着替えたらしい。俺はもぞもぞとGパンを脱ぎ、ゆきの隣に横になった。眠ろうと思う。そうだ、俺は圧倒的に寝不足だ。寝よう。しかし、俺の中の、俺の身体の中の何もかもが、俺を眠らせようとしない。まるで今寝たら死ぬこともありうるっていう風に、俺の身体の何もかもがそう俺を騙そうとする。なに、寝たら死ぬわけじゃない。俺は思う。このまま眠れずに、そのまま明日も明後日も迎えてしまったら、俺は多分奇声を上げながら、新宿の交差点で服を脱ぎはじめ、そうやって死んでいくだろう。

どう考えたって寝ないということは、そういうことを意味している。

「眠れないんでしょう?」

「うん。どうしてなのかは分からないんだけど」

「私も」

「うん」

「じゃあ、寝物語ね、いい?きちんと聞いてよ?」

「うん」

「あのね、たいていね、私がお断りした人に多いんだけど」

「うん」

「こんな風に言う人がいる。『君はどうせ挫折を知らないんだろう?』って」

「うん。ゆきはそういう風に見える」

「これから話す話が、果たして私の挫折なのかそうでないのかは分からない。そして挫折ていうことが、一般的にどういうものかも私は知らないの。でも聞いてくれる?」

「うん」

「私高校一年生のとき、とても親しい友人ができたのね。私は昔から友達が大勢いるっていうタイプでもなかった。でもその友達には何でも話せるような、背を向けても分かってもらえるような、ずーっと話さないでいたって、この前話した話の続きだけどっていう風に、話し始められるようなそんな友達だった。私たちはね、何かとても自然な吸引力でお互いにくっついていくように、そんな風に仲のいい友達同士になれた。でもね、いつからかは分からない。はじめっから内包されていたのかもしれない。太い毛糸で編まれたニットが、裾からほどけていくように、ゆっくりとそりが合わなくなっていった。そうなの。どう表現していいか分からない。そりが合わない。そうとしか言えない感じだった。私は学校がつまらなくなった。勉強はもともと嫌いじゃなくって、勉強はしたかった。でもね、勉強もつまらなくなった。そして私は毎朝、学校へ行く前、おう吐するようになった。そして学校に行かなくなった。それでも私はおう吐するの。それは学校に行かなくなる前より、回数は多くなっていくの。うちの両親は、私が学校に行かなくなったことではなくて、私のおう吐を心配した。その頃私って罪だなって思った。近しい人に心配をかける。心配してくれてありがとうっていう人もたまにいるけれど、私は心配かけてごめんね。そう思った。そして高2になり、おう吐はぴたりと止んだ。そしてまた普通に学校に通うようになったの」