Ⅰダンチョネ
Ⅰ
ダンチョネ
「あんた、あたい、肴はあぶったイカでいいよ」
寡黙にダーリンはするめをストーブの上に置く。わたしの身に着けている深いスリットの入った、ひざ下のタイトスカートは紫のベルベットで、アイシャドウも紫だ。そしてマスカラをこれでもかと言うほど塗り重ね、そしてわたしはなぜか割烹着を着ている。
ストーブを納戸から出しておいてよかったと心から思う。宿命。そんな言葉すら頭をよぎる。ダーリンは少し丸まったするめを菜箸でとり、空中で右に左にとぶんぶん振り回している。その行為が何を意味するのかわたしはダーリンに尋ねない。思慮深いダーリンのことだ。何かしらの創意工夫なのだろう。ダーリンは冷蔵庫からマヨネーズを、調味料入れから七味を取り出し、皿に盛る。わたしはダイニングテーブルに座っておらず、ダイニングの床暖の上に左手で手枕をしてよりかかっている。ダーリンは黙って私に倣い、床暖の上に横になり、わたしとの間に裂いたするめの皿を置く。
「あんた、今日は沖の鴎も深酒のようだよ。無口なもんだ」
ダーリンは黙ってするめをしゃぶる。わたしも黙ってするめをしゃぶる。
「こっちさこ」
ダーリンがやっと口を開く。もうあぶったイカもそう残っていない。
「こっちさこ」
CHOYAの梅酒のピッチが早すぎたダーリンは、もう一回そう言う。わたしはその手には乗らない。そんなに簡単な女でもない。
「ダンチョネ」
しばらくわたしたちは黙ったままCHOYAの梅酒を飲みエコーを吸うばかりだ。見るとダーリンの顔に無精ひげが生えている。珍しいことだ。無精ひげの中には白いものも交じっていて、それがいっそうダーリンを思索深い哲学者に見せている。そしてまた船上に横たわり、たまに目を閉じながら、ワンカップをグビッと飲んでのどぼとけを大きく揺らす、漁師のような雰囲気も醸し出している。
今、空気清浄機の静かな音は、夜のしじまに浮かぶ海のかすかなさざ波のたてる音に聞こえる。
早朝の新聞配達のバイクの音が小さく聞こえ、キッチンの窓が明るくなった気がした。ダーリンは
「愛しあの娘とよ、朝寝する」
とつぶやいた。わたしは
「ダンチョネ」
と言ってダーリンの腕にくるまれて酔い覚めのエロスの中に漂いながら眠ってしまった。