今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

新連載1:猫とベイビー

f:id:tamami2922:20201017201754j:plain

都内、某所にきれいでスタイルも抜群でお尻も大きく、才媛の物腰が優しい女性がいた。名を「ゆき」といい、誰もがその「ゆき」は雪の降る夜、雪のように真っ白く生まれてきたのだと想像するのである。そして実際のところはというと、なに、その通りで、ゆきは1月の雪がぼたぼた降る日に、真っ白く生まれたから、ゆきの両親はとても力強く、ゆきと名付け、その名前から喚起される、誰もが思うその直截なイメージは、父親のその文学的才の故だったのだ。

 ゆきには大挙して男性どもが押し寄せ、群がり、それぞれが選び抜いた花を持っていた。ありきたりではあるかもしれない。そうバラを持った男性は心に思い、心細くなる。その他のバラを選んだ男性も周囲を見渡してそう思うのだった。つまりとにかく、バラを持ってきてしまった、男性陣はあたりをきょろきょろと見渡して、意気消沈、すっかりがっかりしてしまったというわけだ。

 そして選ばれたのは、健二という名の、24歳、ラーメン屋で働く青年だった。その青年は初めから、時間給でラーメン屋で働く俺などに、なんの縁もないのだと最初っから決めてしまっていて、そこに群がっていたのはただ単に、ゆきをそばで見てみたいものだという思いと、イベント感覚、それだけであったから、何も金をはたいて花など買う気も起らず、健二が持った花は、ゆきのもとへ行きすがら、空き地でむしり取った、シロツメクサであったのだ。そしてそのシロツメクサは手折られるとすぐにしなしなとしなびはじめ、ゆきに見せたころには、ただの「俺のへその緒でも見てください」というような、そんなゴミになっていた。けれどもちろん、健二はゆきに己のへその緒を見せたわけではないのである。

 

 これで何回目のデートだ?俺はうそぶいてみる。そう、6回目。紛れもなく6回目だ。俺は、毎回ゆきを水族館に誘った。そしてその前に、と入る喫茶店で、俺は必ずアイスカフェラテを飲み、ゆきはジンジャーエールを飲んだ。ジンジャーエール。ありきりではないが、そう珍しい飲み物ってわけでもない。ジンジャーエールはゆきにとても似合っていた。俺は中学の時と高校の時はモテたのさ、そう自信を持とうと思う。けれどジンジャーエールの氷をかき回す、ゆきのストローを持つきれいな貝殻みたいな、そんな色で塗られた、そして切りそろえられた指を見ていると、すっかり自分に自信も失うし、こうしているのが不思議なような気分になるんだ。

「どうして俺を選んだの?」

そんなことを聞く度胸なんてない。何か致命的な誤解があって、それが目の前でほつれていくんじゃないかと、怖かったのだ。

 というのも俺は大学入学と同時にラーメン屋でバイトをしだし、少しロックなどもやってみて、案外大学というものは楽しいものだと、思っていたら、出席があまりに少ないと、学部長に呼ばれ、除籍だ。という通告を受け、すみません、中退します。とやっと履歴書に書かれるは圧倒的に不利なようにも思われる、「除籍」ってやつを何とかのがれ、やと「中退」という称号を得たんだ。そして24歳、年寄りなら言うだろう。無限大の未来が、とか、頑張れば成し遂げられると。でも大学を2年で中退し、特に何に優れているわけでもなく、ただ漫然とラーメン屋で時給で働く、そんな俺にそんな希望を持てと言われても困ってしまうばかりだ。無限大のようにも、頑張ればっていう風にも思いたい。けれど俺と同じ年で俺と同じ境遇の男がいたら、多分二人で揃って

「あーあ」

と言うだろう。俺の未来っていうのは、なんの志望も諦めていたし、なにかができるとも思っていなかった。つまり

「あーあ」

そう言うものだった。

 そんな回顧を始めたのは、俺が口も開かずに、ゆきのきれいな貝殻色の爪を見てばかりいたせいで、そのときやっとゆきは口を開き、

「なんかさ、健二君って、私の手を見てるよね」

と言った。俺は大いに慌てた。そう言われればそうかもしれない。6回のデートの中6回ともゆきの爪ばかり見ていたような気がしないでもない。変態。俺はぞっとした。世の中の男一般、好きな女の子に、もし「変態」と思われてしまったら、もう首をくくるしかないだろう。そう、死ぬしかない。

「きれいな爪の色だなって、いつも思っててさ。それはうちのラーメン屋の従業員にも大学生の女子が働いてるけど、そんな爪じゃないから」

「それが珍しくってってわけ?」

「珍しいっていうか、とにかくなんかきれいだなって、」

 俺はその時確信したんだ。俺は早くも振られる。ゆきにとって俺は臆病で、多少若いくせして未来の展望もない、ただの爪フェチ男だ。

「爪、褒めてくれてありがとう。私音大じゃない?ピアノをやっていきたいと思ってるから、爪を誉められるのって結構うれしいな。あまり爪特定で誉められたこともないし」

そうか、と思う。俺が危ういところで失敗しなかったことは天の僥倖だろう。しかし天の僥倖っていうやつは、そう何回も起きることではないだろう。危ういところだった。これからはもし、手すりがあるのならその手すりにシッカリとつかまって階段を下りていこう、そう思った。

 「ねえ、今日は水族館はやめにして家に来ない?実はチーズケーキを夕べ作ったんだけど、一人じゃ食べきれないわ。7号でワンホール作ってしまったの。ベイクドよ」

ベイクドは俺も知っている。ワンホールっていうのも言葉の意味から推し量って分かる。けれど7号っていうのはなんだ?

「7号っていうのは、」

「そうなの、もちろん一人きりじゃ食べられないわよね」

そうか、7号。大きいらしいじゃないか。そんなもの俺が全部食べてやる。ひょろひょろして見えるかもしれないけれど、俺はいつも大盛りだ。7号。