今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

新連載5:猫とベイビー

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俺は地雷を踏んでしまった。ゆきはめんてぼの描写を俺になおされたことが我慢ならなかったらしく、へそを曲げた。

「ゆき、覚えているかい?俺がゆきに差し出した花は、決して俺のへその緒なんかじゃない。シロツメクサだ」

「じゃあ、私も言わせてもらえば、シロツメクサはその一本で完成していないのよ。首飾りになって初めてシロツメクサって完成される」

 どうもゆきは、もしかしたら本気で、無茶苦茶本気で、無茶苦茶腹が減っているのしれないと思うに至った。なぜならば、昨夜よりヘビースモーカーになっているし、コーヒーを何杯も飲むし、すっぴんで電気をつけているからだ。ゆきが吸うたばこはマルボロのゴールドだ。それほど多くの人が、マルボロのゴールドを吸ってはいない。けれどゆきはマルボロのゴールドを吸っている。

「そのすっぴんっで電気をつけてるっていうことの意味だけど」

俺が話し出すと、すぐにゆきは言った。ファンデーションよりさらに色が白い。血管の通り道をマジックペンで書いたら面白いだろうななどと思いながら、ゆきの話を聞く。

「あのね、そういうことって、もうどうだっていいのよ。あなたって、ちょっとめんどくさいわ。ああ、お腹が空いているせいで、部屋の掃除をできなくなって、それによって指を負傷してしまったら、健二君のせいだと思う。ウインナーをあんなにも遠慮なく食べてしまうなんて」

俺はさらにさらに絶望を禁じ得ない。おれをゆきは「めんどくさい」と表現した。俺は思う。今青木が原の樹海に入ろうとしている人がいたら、右腕を差し出し手を握り合い、

「お互いよくやったよな。でもどうしてもままならないことは人生にはあるし、それを自分で修正しようと思っても出来ないことだってある。成功を祈るよ。そして君も俺の成功を祈ってくれ。グッジョブ。もう会うことはないだろうけど」

俺たちは名残惜しくハグを繰り返す。そして俺たちは何回か「さよなら」を言い合い、青木が原の樹海、別々の方向へ歩いていく。

「ああ、」

俺はうっかりそんな言葉を漏らしてしまった。目の焦点をゆきに戻すと、ゆきは機嫌が悪そうだ。そしてそんな「機嫌が悪い」なんていう表情や表現を俺に見せてくれるのだから、俺は光栄と思わなきゃいけないのかなと思う。俺はいったいゆきの彼氏なんだろうか。そもそもそこから怪しい。でもそんなことを尋ねるほど俺の肝っ玉は強くもない。固さもない。そんなことを考えている俺だから、6年間彼女も出来ず、のぞき部屋で吐き気を催したんだ。そんな俺はめんとくさい。ああ、そうさ、めんどくさいのさ。

 空がどんな色をしているのか、はっきりは若らない。「ピアノ」という言葉で簡単に想起される様な、深い緑色の厚いカーテンが垂れ下がっている。「ピアノ」らしくそれに模様などついていない。

 「ねえ、もうそういうのいいから、めんてぼを探す旅に出ましょうよ。確かに私たちにとって、めんてぼを手に入れるのは急務よ。けれど私はそんな風に男性を焦らせるようなバカな女でもないの。わかってくれているわよね?」

「うん。もちろん」

「そしてそれはあてもない旅になるんでしょうね。きっと」

「いや、あてはあるんだ。うちのラーメン屋の店主の3番弟子の親友っていうやつが中野でラーメン屋をやっている。早朝4時までその店はやってるんだ。今なら間に合うかもしれない」

 俺が昔付き合った女で、結構おれも思い入れのあった女がいた。その女はラブホでことを終え、何もかも俺は念入りに観察したその身体を、隠そうとはしないのに、着替えをするところは見ないでくれ、そう俺に言ったんだ。じゃあ、俺はこっちを向いているから、と俺は窓の方を向いていたのに、タバコをとりたくて、少しだけ振り向いてしまったんだ。その時その女はブラジャーとパンツをつけ、一生懸命ストッキングをはいている最中だった。女はおれの目線にすぐ気が付き、俺をパーンッと思いっきり殴った。その女はおれを着信拒否にし、俺はなんだか大事なものをうっかりなくしてしまったような気がしたが、今思うと、何をかっこつけた女だったんだ、そういう風にしか思えなくなっている。そうだ、ゆき以外の女には、何かしらの欠点があるような気がしてしょうがない。その女たちのそれらの欠点は、きっと俺にとって許しがたいに違いないんだ。少し名残惜しかったり、さみしかったとしても、チャーシューメン大盛りを食べれば忘れてしまう。それらの女はきっとそんな風なんだ。

 ゆきは部屋の隅で着替えはじめた。クローゼットからノースリーブの白いブラウスと黒いスカートを出して、まず初めに俺の行為によってめちゃくちゃにされてしまった、タンクトップとショートパンツを脱いで、まずブラウスを着て、それをインしてスカートを履く。オードリー丈の上品なスカートだ。その着替え方はとても理にかなっている。そんな着替え方をできるゆきをもういっそう好きになってしまう。でもうちの父親も、確か靴下を履いてから股引を履いていたっけと思い出す。それもとても理にかなった着替え方だ。

 俺たちは大通りに出て手を振った。深夜3時半に走っているタクシーは案外少なく、俺たちは急いでいる。そして時間の中に停滞などない。それは矛盾だ。そして俺たちも時間の中にいるのに停滞を余儀なくされている今、それは矛盾なのだろうか。多分違うだろう。アインシュタインは実を言うと読んでいない。ゆきは頭上で光る、街灯を見上げ、まぶしいのか目を少し細くしている。その光景を見ながら俺はこう理解した。おそらく、すっぴんの女ってやつは、少しの光もまぶしく感じるらしい。

「少し寒いわ。カーディガンを羽織ってくればよかった。外がこんなに寒いなんて、昨日からずっと部屋にこもっていれば、分からなくなるわよね」

「ごめん」

俺はなぜか誤ってしまった。俺はなんだか、しょっちゅうゆきに謝りたくなるんだ。どうしてかは分からない。なんだか無性に謝りたくなる。俺は普段は俺が悪いな、と思ったって、めったに謝らない。アラブ人ではないが、俺は謝ると負けを認めるような気がして、それは俺の強さではなく、俺の心弱さから、謝れなくなってしまうんだ。そう、もちろん今だって。それはなおさら俺は心弱い気分を連続して感じている。ゆきに対してだ。それなのに、ゆきにはやけに謝ってしまう。俺が何もかも悪いのさ。そうだ、ゆきはいついかなる時も正しいんだ。

「なんで謝るの?」

とゆきが言う。

「俺がタクシーを捕まえられないから、ゆきに寒い思いをさせちゃってさ」

と言うと、

「何それ?タクシーが通らないのに、タクシーを捕まえるすべはないわ。少し変よ」

「そうだよな、そうだ、タクシーが通らない。ゆきが寒いのはそのせいだ」