今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

新連載9話:猫とベイビー

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俺はゆきにキスをした。居ても立っても居られないっていう風に。何度も角度を変えて、長く、長く、ゆきの唇にキスをした。

「苦しい、息ができないじゃない」

そう言ってゆきは笑うが俺は笑わない。

 その時初めて知ったんだ。意志を持つ、人格のある、心のある女性を抱くということ。それはとても丁寧でとても優しい。壊しちゃいけない、そう思う。ただ愛しい。とても大事でとても愛しいという気持ちが湧いてくるんだ。そしてその愛しいという気持ちは何がどう変わろうと、空の色が何色になろうと、俺の身体がバラバラになろうと、続くんだ、そう思った。

 そしてゆきは下着をつけたが、俺は真っ裸のまま、ゆきに

「ごめんね」

と言った。多分説明不足だ。俺は昨晩、ゆきを乱暴に扱ったことを後悔していて、それを考えていたら、つい口から「ごめんね」というつぶやきが漏れてしまったんだ。ゆきは「いいのよ」と言わず、

「ありがとう」

そう言って寝息をたてはじめ、俺もやっと問題は山積みであっても、それはその時、直面した時に考えればいいさ、という気持ちにもなって、やっと安心して眠れたんだ。

 

 起き際、俺は激しいばちーんっというびんたで起こされた。

「健二君、私は何度も健二君を起こそうとして呼んだし、身体だってゆすった。何故起きないのかしら?私は前回は何発ものびんたで起こしたけれど、今回は効率的に一発で起こしてやろうと思ったっていうわけ。さあ、早くシャワーを浴びて」

 ゆきは体育座りをして、マルボロのゴールドを吸っている。そういえば俺はマイルドセブンだ。俺はありきたりな男だ。これからはマルボロのゴールドを吸おうかな?と考えて、いや、俺はそれだから、そういう風に今まで考えてきたからダメなんだと考え直し、一生マイルドセブンを吸い続けてやる、と決意した。

 ゆきの香りのシャンプー。昨日は酔いと、目前に迫るミラクルに圧倒されて、シャンプーの裏書までは読まなかったが、俺は今日頭をごしごし洗いながら、読んでみた。

シャンパンハニージュレ

シャンパンは分かる。あの飲むやつ、酒だろう。ハニーは多分はちみつだ。ジュレ?確か食べ物だったよな。

 風呂から出ると、ゆきは髪を後ろでまとめている最中だった。それを横から見たとき、俺はドキッとした。白い、その首から肩にかけてのライン。それは造形的に完璧に思えるんだ。そしてその首から肩にかけてのラインを、俺は今独り占めにしている。その独り占めにしているっていう状態を、なんとか終わらせないよう、少なくとも短く終わらないよう、そう切実に願うばかりだし、その為なら窃盗だって企てる。そして実行もするんだ。

 「ゆき、俺はめんてぼを盗む」

俺は俺の一言が、何か国政を決定するような大いなる問題に結論を出したみたいに言った。

「つまり、結果、俺はめんてぼを盗む」

俺はもう一回言った。ゆきは

「今度は失敗しないよう、慎重にね」

と言う。その目には強い意志が宿っているように見えたが、俺がゆきの目を見ることなどほとんどないから、いつもなのか、それとも今に限ってなのか、それすら分からない。

「そして」

ゆきは続けて言って、クローゼットの中から、大きなバッグを取り出した。

「これは昨年、友達と温泉旅行に行くために買ったバッグよ。大きいでしょう?これならめんてぼも入るわよね」

見るとそのずた袋には「シーバイクロエ」と書いてある。ゆきが持っているそのシーバイクロエのバッグは確かに大きいように見える。もしかしたらめんてぼだって入るかもしれない。

「ゆき、もうあまり時間もないけれど、作戦を一緒に練らないか」

「そうね。私たちは今まで、少し行き当たりばったり過ぎた気がする。よくよく作戦を練りましょう」

「俺は今日はいつもより1時間早い5時に店に入ろうと思うんだ」

「そして?」

「つまりいつも俺は6時に店に入るんだけど、5時っていうと厨房で仕込みをやっている奴らがいるんだ」

「うん」

「そこにはめんてぼが、めんてぼが置いてあるわけだ」

「うん、うん」

「俺は後ろ手に持ったシーバイクロエにめんてぼをさっと放り入れる」

「ナイス」

「俺はちょっと煙草を吸わせてくれと言って、いったんバッグルームに戻る。その時、厨房からバッグルームに戻るとき、鼻歌を歌いたいと思うんだけど、なんの曲がいいだろう?ゆきはどう思う?」

「そうね、木綿のハンカチーフなんてどう?」

「それもいいな」

「もしくは、そうね、健二君はその時大きなシーバイクロエを肩に担いでいるわけだから、その後ろ姿に似合うのは、『宿はなし』なんて、抒情的だしいいと思うな」

「OK。そうしよう。そうだな俺は厨房から去り際に、宿はなしを歌うことにする」

「そこで煙草を吸うの?」

「違うんだ。シーバイクロエを、そうだな、乱雑に並べられたパイプいすの上に置いて、トイレに駆け込むんだ」

「どうして?」

「いいから、聞いてくれ。俺は結構長い時間トイレにこもる」

「うん」

「そして青ざめた顔で、厨房に行き『やばい、何かにあたったらしいんだ。そういえば今日、賞味期限の過ぎたちーかまを食べてしまったんだ。あれがいけなかったのかもしれない。タバコを吸おうと思ったら、いきなり催してしまって、今までずっとトイレさ。俺は今日は帰る。店長によろしく言っといてくれ』と言って、むんずとシーバイクロエを担ぎ、店を後にする。そして俺の中古で買った、ホンダの軽、ゼストを走らせ、ここまで戻ってくる」

「そしてここでラーメンを作ってくれるっていうわけね」

「察しがいい。その通りだ」

「よく練られた作戦だわ。いつ思いついたっていうか、いつそんな作戦を練ったの?」

本当は作戦を練ろうと言いだしたとき、俺の中には何の腹案もなかった。けれどいつもゆきは俺に奇跡を起こす力みたいなものをくれる。確かに俺のたてた作戦は、完璧ですきがなく、よく練られている。その一方でその作戦はゆきとの会話の中で、勝手に生まれてきた、 妄想に過ぎない。

「ゆきは俺をばちーんっと殴って、俺を起したろう?俺はその時寝ていたんじゃない。作戦を目をつぶって思考していたんだ」

「そんなの嘘よ。よだれまで垂らしてたわ。それに私は殴ったんじゃなくって、びんたをしただけよ。少し強めに」

「違う。よだれを垂らすほどに深い思考の迷路に俺はいた」

「ふーん」

 

「行ってくる」

「いってらっしゃい!気を付けてね!」

そんなゆきの部屋のマンションの玄関で交わされた言葉やその風景ははもしかしたら、新婚さんに見えやしないか?俺は駅へ急ぎながら、笑いたくなるのを抑えるのに必死だった。幸せだったんだ。その駅への道は坂道を登っていくのだったが、俺は「宿はなし」を早くも歌い、その坂道を登って行った。