今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

新連載10話:猫とベイビー

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そして緞帳がまた開く。向かいのホームに赤いラインの走った電車が止まり、乗客を吐き出してから吸い込む、そう深呼吸するようにして、また走り出す。そうだ。俺の目の前の緞帳は開かれ、何かが走って行った。始まるのだ。俺の冒険の第2章が。俺は腕が震えるような気分で、そしてそれは本当に震えはじめ、両手をぎゅっと握り、ワクワクした気持ちはあの赤いラインの走った風景と同じように見えたんだ。つまり走っていく。そういうことだ。

 ホームでゆきに電話をかけた。ゆきに電話するなんて久しぶりの様な気がする。ゆきが笑いながら

「なあに?」

と言う。

「何でもないんだけどさ」

そこで特急が走り、俺の声もゆきの声もしばしかき消される。

「俺の目の前を電車が通って行ったんだ。それは俺たちが走っているから、電車が入って言うように見えるんじゃなくって、本当に電車は走ってた」

「うん」

「つまり、俺たちが走っていても、景色が走っていても、それは同じこと、そう誤解していたんだ。俺は景色にまかせっぱしでいるわけにはいかないっていうことが、最近になって、少し思うようになったんだ。つまり、俺が走って、景色が走っていくように見える。そうしなくちゃならなかったんだ」

ゆきが笑って

「もうすぐ電車が来るでしょう?」

と言うので

「どうして分かった?」

「最近ね、そういうことが分かるようになったのよ。電車に私の声がかき消される前に言うわ。頑張ってね」

 

  俺は予定通り、ラーメン屋に5時に着いた。厨房に行き、

「やあ、おはよう」

と言ってしまう。いつもは

「おはようございます」

だ。

そして厨房の奴らも、

「おはようございます」

と答え、鶏肉と格闘している。

「ちょっと煙草を吸ってくる」

そう言いながら、俺の腕は背後で素早く動き、シーバイクロエのずた袋にめんてぼを入れることに成功した。そうだろう。鶏肉を分解する過程に、一生懸命になっている奴らに、俺に心ときめく恋愛が、内蔵されていることを、洞察できるような奴らじゃない。俺は成功した。そして予定通り、「宿がなし」を歌いながら、厨房を出ていき、バッグルームに戻り、パイプいすに、めんてぼの入ったシーバイクロエをさりげなく置いて、トイレに入った。

 上出来だ。今のところなんらミスはしていない。この後、俺は腹が痛くなってしまうことになっている。期限の切れたちーかまを食べてしまったせいだ。そうだ、今のところ、出来すぎなほど、うまくいっている。俺はさらに上機嫌になり、もう一回最初から、宿はなしを歌い始めた。

 トイレから出ると、店長がパイプいすに座って、タバコを吸っている。予想外だ。そんな予定は立てていない。つまり俺が機嫌よくもちーかまにあたって苦しみ、トイレから出てきたときに、店長がいるなんてゆきと話した作戦には、そんなことが起こりようもなかったが、今現在起きている。

「マスター、おはようございます!」

俺は直立して、店長を、なぜかマスターと呼んだ。

「俺、腹を壊してるんです。さっきも中々トイレから出られなくて。そういうわけで今日は帰らせてください」

俺は恐る恐るシーバイクロエに近づき、持ち手を持とうとするが、持てないでいる。

「お前は機嫌よく歌いながら、下痢をするとでも言うのか」

「俺の下痢は機嫌がいい」

また、俺は変なことを言っているなと思う。

「そしてお前は、めんてぼを盗もうとしているのか?」

 俺は過去に経験している。これも高校の時の話だ。ブルマーの良く似合う、顔もそこそこの女を俺は誉めた。顔がそこそこといったって、特に美人とかかわいいと言える程度でもない。その女の太ももにはセルライトも浮かんでいるような太ももなのに、俺は懸命に、その女子の脚について誉めた。

「なんていうか、君の脚は『黄金比率』としか形容しようのない、素晴らしい脚に俺は思えるんだ。太くはないけれど、そうやせ過ぎでもない。そうなんだ。君の脚は『黄金比率』を形容しているような脚なんだ」

俺は何回か「黄金比率」と言ってみたら、その女の脚は本当に黄金比率に見えてきたんだ。そうやってたまにはウソも役に立つことはあるし、結果それが真実になることもある。そうなんだ。俺はその女の脚が黄金比率であると全身で信じられるようになったんだ。つまり、ウソは貫き通したら真実になる、俺はそう思いしだしていた。

「お借りしたかったんです。俺、最近めんてぼのやり方に少し迷いがあって。ちなみに今日お借りしても、今日はちーかまの食べ過ぎで体調不良っていうわけで、今日は練習できないんですけど、明日早朝5時には起きて、めんてぼの特訓をするつもりでいたんです。ですから、明日の出勤にはめんてぼを持ってくるんで、それまで貸してもらえないでしょうか?」

そうだった。確かに俺は最近めんてぼの扱いに迷いがあった。明日早朝5時に起きたら、めんてぼの特訓をしよう。

 俺はめんてぼを借りるという言葉にうっとりしていた。店長はそう恐ろしいっていう、テレビなんかでやっているような店長じゃない

「クビだ」

「ボス、しけてるぜ」

「お前らにとって、ラーメン屋で働くという意味をつけるとすれば、デート代が欲しい。ラブホに一晩泊りたい、なんとなくラーメンで働くに至った。そういうことなんだろう。でもな、俺には嫁と子供がいて、おれはふざけてやっているわけじゃなく、その嫁や子供を、養っていく。食わせていく、そう2本の足で立つように、ラーメン屋をやってるんだ。そういうバイトの連中が、ふわふわめんてぼを扱うように、または、お前のようにめんてぼを盗もうとするやつに、俺は金を出したくないんだ。クビだ」

店長は、俺のというかゆきのシーバイクロエからめんてぼを取り出し、俺にシーバイクロエを投げ、俺は上手にキャッチしてみせた。

 俺はなんだか無性にゆきの声がききたくなった。俺は電話をしただけで、もう終わってしまうと思っているし、ゼストの中で、ゆきの言葉を聞き、ゆきの表情や仕草も、マルボロのゴールドに火をつけるさまも目の前に浮かぶんだ。俺のこれからの人生は、妄想で終わるのかもしれないとも思う。ゆきが見せたジンジャーエールの飲み方や、手の動かし方、全世界の女に絶対に似合わないだろうという、服装や話し方。それを妄想するだけの24歳、いや、俺がたとえ40になろうとも、それ以上になろうとも、日々妄想し続けるしかないんだろう。

友人が言うかもしれない。

「時間が解決する」

でもそれは違う。ゆきは俺にとっての運命の人にであったんだ。すれ違っていくだけの、そんな恋愛。それとは全然ちがうんだ。それは「絶対」に思えるんんだ。もちろん怖い。今1点目に怖いということは、「ゆきをがっかりしてしまう」と言うこと、2点目は、昨日ゆきの部屋では、もうそこに存在していたゆきを、もう見ることができないということだ。