今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

また新連載1話:卒女生徒

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 それにしてもあの話には驚いちゃったな。でもなあ、そういうの、もう当たり前なのかな? だってヒロコとわたしは同級生。だから来年三一才になるわけだ。そうして旦那さんがいて、ヒロコだって美容部員として百貨店で働いているのだから、そういうマンションの資料請求とか、マンションのモデルルームを見学するとか、そういうのってまあ、不思議でもないのかもしれないな。変な話、なんかヒロコの旦那さんって大手の出版社の編集って聞いているけど、いくらくらいとってるんだろう? だってマンションっていうのは、数千万とか、億を超えるとかそういうのもあるわけなんでしょう? ヒロコの話によれば、旦那さんはとんでもなく早いスピードで本を読むのが得意らしいけど、わたしだって本くらい読む。まあ、それはいいけど、編集っていうのがどんな仕事をするのか、ちょっとわからない。なんだか忙しそうとか、ドトールとか、前頭部禿げとか、そうね、ヒロコの旦那さんは禿げてはいないけれど、そうね、タブレット。そのヒロコの旦那さんを一言で表現するとしたら、「キーパッド付きのタブレット」だって思う。そしてやっぱりなって一人で思う。確かにあのヒロコの旦那さんは編集者だ。だって横に長くて楕円形の黒ぶちの眼鏡をかけてたもん。やっぱりそうなんだ。そう「タブレット

 そっかあ、そっかあ、って思いながら雨上がりの星がまたたく空の下、水たまりを避けながら歩く。でもさ、そんなことはどうでもよくってさ、この雨上がりの夜空みたいな素敵なコートを着て、ステキなパンプスを今履いている。コートはグレースのムートンコート、二十三万円なり。パンプスはナイン、五万円なり。買っちゃった。買っちゃったもんね。このコートを着て、このパンプスを履くとね、魔法が起きます。それはね、それらを身に着けた女子を、すべて、すべからくステキ女子に変身させるっていう魔法。ねえ、そこの少し酔っ払ってるおじさん? わたしステキ女子に見えますか? もしかしたら見えますか? 本当はステキ女子じゃないわたし。でもね今はステキ女子。そうなの。ボーナス、残ってないけど。

 わたしは高校を卒業してなんとなく医療事務の学校へ進学した。よっぽど頭が悪くなければ医療事務の資格っていうのは取れるって気がするけど、親戚には

「医療事務の資格を取るには猛勉強しました」

って言ってる。その親戚の息子さんは早稲田卒だったりもするけれど、わたしはすまーしてそういう風に言いう。リカコちゃんは、立派だね。よくよく勉強して、今は病院務めだよ。お父さんの山形に住む親せきだ。なるほどーって納得するらしい。

 いま左手にグレースのショッパーとナインのショッパーを持ってる。そこにわたしがお店まで着ていたピーコートと、ショートブーツが入っているっていうわけ。それほど重くない。っていうか今日ならば米俵だって担げるかも。つまり機嫌がいいっていうわけ。だって仕事が終って表参道へ出て、お店に入るまでは雨が降ってた。けどわたしがコートとパンプスを買って表へ出たら、星空だった。それは汚いものも美しいものも、ウソも本当も、間違っているものも間違っていないものも、あるいはそのどちらか区別もつかないものも、みんな洗い流してしまったような星空が地球全体を覆っているんじゃないかしら? って思ってしまうような夜空だった。知ってるわ。地球全体が夜になることがないことくらい。もちろんオーストラリアは星空じゃないことくらい。

 ムートンのコート、ずっと欲しかった。本当にあったかいことは毎年知っていた。どうしてかっていうと、毎年毎年、試着だけはしていたからだ。そして今年やっと買った。これがうれしくなくて、何をうれしいと言おう! なんてね。パンプスは、もちろんパンプスも気に入ってるんだけど、これはムートンコートを買ったときに何かに憑依され、憑依されたまま買ってしまったっていうわけ。いつもは好きじゃない水たまり。だけど今日は愛情を持てる。水たまりに対してだって愛情を持てる。だって星空と景色と車のヘッドライトと、信号の色を写してる。

 わたしは医療事務の学校を出た後、それこそ聖路加とか、有名どころの病院や、大学病院に面接に行った。けれどいつも不合格だった。母はそれをわたしの人相が悪いとか、父はそれをお前は愛想がないからな、とか言った。でもそんなものがなくっても有能な医療事務の職員として働けるはず、そう思った。けれど本当に面接に落ちまくって、やっと合格したのはわたしの実家から駅二個目、新越谷の個人病院だった。一生懸命働いたけれど、その診察の合間にある、お昼休憩二時間は当初本当に戸惑った。なんていうかうろたえるばかりだった。なにか仕事はないかって思ったし、二時間も何をしてりゃいいのよって思った。けれど今はスマホでテレビを見たり、本を読んだりして過ごしてる。たまには昼寝だってする。初めて昼寝をしてしまったときは、目覚めたとき「しまった!」って思ったものだった。でも今は別に「しまった!」なんて思わない。「あーあ、よく寝た」って思う。その病院っていうのは院長先生とその奥さんも医師として働いている家族経営っていうのかな? そういう病院で、看護師さん三人の女性ともわたしは違う立場にいたから、なかなか最初馴染めなくって、それがわたしを最初二時間の休憩にあまりにも所在ない気持ちにさせたのかもしれない。

 初めの三カ月は必死だった。仕事も必死だったし、休憩も必死だった。けれど何にたいして、とても必死だったかっていうと、お金を貯めることに必死だった。お昼、外食になんてとんでもないと思った。三人の看護師さんたちがわたしをランチを誘ってくれても断った。

「わたし、お弁当だから」

そう言って断った。お弁当はお母さんが作ったものじゃない。わたしが早起きして作った。なんでそんなに頑張ってお金を貯めていたのかというと、一人暮らしをしたいからだった。それは大人になるためのマナーだって思っていた。実家にいてさみしいのなら本物のさみしさを味わってやるっていう意気込みみたいなものもあった。別に彼氏がいたわけじゃないし、年中やって来て一緒にワインを飲んでチーズを食べる友人がいたわけでもなかった。そう、それが大人へのマナー。そう思ってお弁当を作っていた。母のお弁当でお金を貯めるつもりもなかった。もちろん、卵焼きを作るときの卵は、お母さんが買ってきたものではあったけれど。

 そして今の1Kの部屋を借りた。もう十年住んでる。初めて更新の知らせがきたときにはびっくりした。こんなにお金がかかるなんて知らなかった。その時は、なんていうんだろう、必死で「世知辛い」っていう生活をして何とか払った。そのあとは順調に進んでる。