今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

また新連載3:卒女生徒

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「まだ、アップルパイもホットココアも半分以上残ってる。もうちょっといてくれよ」

わたしは今度は「いてくれよ」と言われた。そう言われた。「いてくれよ」、と。わたしはその言葉に打たれた。深い安堵を感じた。そして座り、アップルパイを手に取った。まだ熱いくらいだ。そしてとうとう馬鹿笑いをしてしまって、

「あのね、このさ、ムートンのコートだけど、フェイクじゃないの。リアルなのよ。つまり羊一頭は死んだかもしれないわね。ご愁傷様だわ。気の毒にね。まあ、それはそれとして、今日買ったの。念願だったんだ。何年も前からそのブランドはムートンコートを出していて、毎年試着して、そのね、試着するのって、店内じゃない? そうするとね、すっごく暑いの。暑いくらいなの。そしたらね、特別北国で育ったわけでもない、長野県人でもないわたしにしたらね、ああ、寒い冬、これを着て通勤できたらいいなあって、あったかいだろうなあって、そう思ってたわけ。それでね、今日買ったの」

「へー、高いんだろう、そういうのって」

「あなたのエンジニアブーツくらいじゃないかしら?」

「これはね、大分年上の兄貴からのおさがりなんだ。毎年毎年、帰省するたびに履いてきた。俺は四年位、いいなあ、それ、いいなあって言い続けた。そしたら去年やっともらえた。お金はかかってないよ。俺は大学院に行ってる。この近所の大学だ。わかるだろう? そう、たいした大学でもない。そう、たいした大学でもない大学の大学院生。それが俺なんだ。そして兄貴のお古のエンジニアブーツを履いている」

「わたしはね、この近所の大学病院、きっと分かるわよね? そこで医療事務の仕事をしてるの。わたしはあなたみたいに決して頭がいい方じゃない。だから医療事務の資格を取ることだって大変だった」

またウソついちゃった。少しだけ。

 そして二人とも、アップルパイもホットココアもなくなって、手持ち無沙汰でいる。わたしはわたしの手で魔法を解くんだって、オトナなわたしの方がけりをつけるんだって、そう思って、泣きたかったけれど泣かずに、

「ごちそうさま。おいしかったわ。そしてね、ストッキングもとうに乾いてたの。ごめんね。引き止めてしまって。わたしちょっとおトイレによってから帰るわ。今日は本当に楽しかった。ありがとう」

そう一気に言うと、トイレにゆっくり向かった。別にトイレに用などない。わたしは便座にちょこんと座って、確か昨日の体重は49キロだったな。とふと思った。

 マックから出て帰り道、恋したのかな。そうも考えた。そしてその恋が成就する可能性は? と考えながら、けんけんで暗い道を行く。わたしの部屋はアパートの2階、階段まではけんけんできたけど、それ以上はできなかった。うつむいて階段をカンカンカンカンと昇る。途中途中錆びた階段だ。朱色で塗られている。もう真っ暗だけどアパートの照明が、まるでスポットライトのように、今階段を上りきったわたしを照らしている。少しだけ涙が出た。もう会えるはずなんてないからだ。

 部屋に入る際、部屋の照明をつける。目がパチパチするようなまぶしさは、いつもの通りだ。そしてコートを脱いで、クローゼットにしまう。そしてナインのシューズボックスを玄関のアディダスの靴の箱の上に置く。そして脱いだナインのパンプスをそこにしまう。そうしてやっとくつろいだ気分でイケアで買った、これもムートンの敷物の上に座って、ピースに火をつける。仕事があった日、帰ってきてくつろいだとき、その時だけの限定のタバコだ。そう、ピース。ピースっていうのは平和っていう意味。そんなの常識?

 この部屋を借りるとき、本当はすっごくドレッサーが欲しかった。ヒロコの家にあったドレッサーがあまりにもステキで、様々に置かれる、なんだかやけに高級そうな化粧品も素敵だった。こういうのいいなって思った。将来わたしも同じ、似たような体験をするのかなって思った。けれど今は脚がスチール製の低い小さなテーブルに、鏡を置いて、その周りに資生堂の化粧水、美容液、乳液、クリームって置いて、反対側に色とりどりのマニキュアを置いている。そう、みな、そう高いものじゃない。だいたいのマニキュアは三つで千円でドン・キホーテで買ったものだ。けれどドラッグストアでポンポンカゴに入れるようなものでもない。ニベアもないし、ユースキンだってない。ピースを胸の奥まで吸い込む。それでいいって思いたい。それで十分だって思いたい。でもさ、あのドレッサー。比べちゃうよ。少しくらい。

 そしてわたしはタバコを吸う前に、きちんとコートは脱いでハンガーにかけ、クローゼットにしまい、靴もサンダルとフラットシューズ、その2足しか玄関に置かない。バッグを置き、明日持っていくものがあれば、その準備をし、そしてくつろぐ。そういうことがとても大切だって思ってる。休みの日、多少朝寝坊したって、顔を洗いお手入れして日焼け止めを塗り、布団を干したり、デイリーにはできないような掃除をする。それだってわたしの中でとても大切なことだって思ってる。そしてピースを一本吸い終えてしまっても、わたしは決してあと一本に火をつけない。それだってわたしの中で大切に思っているものだ。

 わたしは49キロのわたしの下に下敷きになっているムートンの敷物に、「ご愁傷さまね」と声をかけてから、お風呂を掃除しだした。明日は日曜日だ。どんな風に過ごそうかな?

その日は髪を乾かしながらいつまでもYouTubeを見ていた。ある好きなロックバンドがいるのだ。輝きを求めて駆ける、その求める姿が、その汗がとてもきらめいて見えるのだ。そして思う。わたしにはわたしのオーディエンスなんていないけど、いるつもりでいたい。そのオーディエンスに、わたしの必死に駆ける姿と、その時にかく汗を見せたいと。

 わたしはその夜夢を見た。バンドが演奏するのを、客席から見ている。そして、そのボーカルが走っていく。わたしは必死でそのボーカルを追いかける。ボーカルは海、テトラポットの上に立っている。わたしが「危ない!」と叫んでいるのに、わたしに吹く風が、向かい風のせいか、ボーカルには届かない。海の匂いにむせるような気持ちになる。そう、ハエがたかった干物の匂い。そしてまた「危ない!」と叫ぶ、するとテトラポットまで打ち寄せる波と、強い海風に気がついたのか、テトラポットを戻ってくる。そして、微笑むわたしに近づいてきたのは、バンドのボーカルではなく、微笑む「日本の 王子」、あの青年だった。