悲劇のロックシンガーの墓参り
・お墓参り
ある悲劇のロックシンガーが死に、わたしたちはその数年後墓を参った。ダーリンの強い勧めがあったからだった。思ったよりもこじんまりした墓で、墓には花が供えられていたけど、その花たちはしおれていた。
このいま、そこにいたのはわたしとダーリンと悲劇のロックシンガーだけだった。とても静かだ。メロチュのこと、生前のお礼、そして冥福も祈ったのち、ダーリンにも打ち明けないある約束をその悲劇のロックシンガーと結んだ。それは絶対の約束だった。
なにか音が響いた。空のおけが何かにぶつかったような明るく乾いた音で、それは山の斜面にある、その悲劇のロックシンガーのお墓の静寂を際立たせる。天気は曇天だ。雨は多分降りそうにない。
どうしてそのロックシンガーは悲劇的だったのかというと、それはそのロックシンガーがいつでも過激な革命者であることをいつもいつも連なるように求められていたし、悲劇のロックシンガーは、ギターを弾きながら歌おうとすると、必ず悲劇のロックシンガー「になり続けること」をオーディエンス全体から求められることが連続で連なっていたからだ。そう、ピックを持ち、歌おうとするその瞬間に。そのどよめきは嵐に揺れる大海原の波のように胎動し動き出すのだ。いつしかその悲劇のロックシンガーはそれを求められている、連続して間断なく求められていることに気が付いてしまった。けれどそこから逃げることはできなかった。悲劇のロックシンガーは先頭に立っているつもりだったが、またいつしかオーディエンスとはいつでも簡単に敵に回る存在であることに気が付き、身動きが取れなくなった。そして悲劇のロックシンガーは「前回」を凌駕することでそこから逃げることができると信じた。けれどいつも当ては外れた。オーディエンスはそれを求めていなかった。それらがもたらしたのはそのロックシンガーの悲劇的な生き方と死に方だった。
昨日、どっかの山師が人間ドッグで胃潰瘍が見つかった。山師は山師だけに、お金と少しの権力をどこかからか借りてくる脳があったので、日本でも有名な医師に執刀を頼み、大げさに苦しんだかと思うと、ヨーグルトが足りないと怒りだし、いつでも何度でも立て続けにナースコールを押し、偉そうなことを言う。その病室には応接室が付いていた。
なんだよ! いつもいつも人の顔色を見てえへへと笑い、機を見るにのみに敏で、人の懐に懐柔する名人、お追従も上手、孫の顔ももう見た。愛人は二人いる。複数の人が集まれば、どの順番で大きな権力を持つのか一瞬にして把握するのが大得意、で、それでいて意味不明に威張ってて。偉そうで。そんなもん別にどっこも偉くなんかないのに。イモで馬鹿なだけなのに。
なんでそんな奴らが悲劇のロックシンガーやメロチュより長生きするのだ。山や川、海を作ろうと、何度裏切られても、何度がっかりしても、いくら引きこもってみても、もう僕はもういいや、と何度思っても、僕もうまっぴらだよと何度思っても、じゃあもう一回と言いつつ何回だって立ち上がって、山や川、海をつくる、人間にはそれができる力があるんだぜと、もう一回と何回も歌った、叫んだ、悲鳴をあげた、そして信じた。そう伝えようとする努力を死ぬ直前まで怠らなかった、たくさんたくさん練習もした。自分を信じていた。いっくら冷めた目が深夜の風呂上り、洗面所の鏡に映ったとしたって、すぐに身体から湧き出る煙で鏡を消して、眠れないけれど、たっぷり眠ったふりをして起きて、そういう人たちがそういう人たちが、なぜ山師より早く死ななければないのだ。昼間見る夢もある。わたしはぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。哀しみじゃなかったのかもしれない。怒りだったのかもしれない。
墓を探しながらダーリンは静寂の中を遠慮しながら口火を切る。
「なあ、ハニー、俺は今、逡巡している。だってハニー、清志郎にしたら僕って、フーアーユー? ってことにならないか?」
「あら、そんなことを心配していたの? ダーリンってば。それはね、大丈夫。わたしがわたしの夫です、って紹介するもの」
そんな会話をしながら階段を昇っていたら、そういえば、野音でライブ見ましたって言ったところで、清志郎にしてもわたしってのもフーアーユー? よね、と思うのであった。
マークボランが履いていそうなブーツ。今日はそれを選んだけれど、残念ながらヒールが砂利によってボロボロに傷つけられちゃったわ。