今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

また新連載9:卒女生徒

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イラストbyユペたろ~

 

お風呂からでる。ショーツ一枚の姿で、体重計に乗る。そしてパジャマを着て、お手入れをする。わたしの心はどんどん小さくなっていく。そして石みたいに固まる。もう入れ物だってとっても小さい。点にしかそれは見えない。太っているくせに、とても小さく固まる何か。それが今のわたしだ。

 さっき買えるはずがないと思ったマンションだったのに、今、温かいパジャマを着て、温かいコーンポタージュを飲む。すると、悔しくなる。わたしだけがみじめなんじゃないかっていう被害感。わたしを視界に入れず、透明人間だと思った人たち。わたしマンションを買うの。それって借りてるわけじゃない。わたしの物なの。わたしのマンションなの。よかったら遊びに来て。わたしは止まらないで進んだの。あなたたちはきっと結婚したら、子供ができたらって考えているでしょう。見て、こんなにステキなマンションなの。駄目よ! そこはわたしだけの席。オーディオの音が最もよく聞こえる位置にある椅子なの。そこには座らないで。ええ、そこ。そこのソファでくつろいでいって。

 わたしはどうしたってマンションが欲しくなった。汚らわしい気持ちなんだろう。汚い汚物みたいな気持ちなんだろう。でもしょうがないってわたしには思える。見返してみたい。そんな気持ち。それは神に文句をつけるヨブのような気持ちだって思う。その流れ、濁流にのみ込まれるように自然に、わたしだって神に文句を言うだろう。それはとても、自然な姿だからだ。そして自然とは神の祝福があるのだ。そう呪詛。             

 今心から求めているのは、ロックミュージシャンの輝く汗じゃないのかもしれない。もしかしたら今キラキラ見えるのはわたしの最寄駅から帰る途中のタワーマンションの屋上、点滅する赤い光なのかもしれない。でも本当は知っている。本当に美しいものは、目指し、欲しがり、飢えている、そんな存在の汗だっていうことを。

 寝るとき、枕をポンポンポンと三回たたいた。いつか遠い昔に見た、とても楽しかった、夢の続きを見たかった。枕をポンポンポンと三回たたくと、その夢の続きが見れるっていうのはわたし発案だ。楽しい夢なら楽しいまま夢は進行していくはずだ。52キロになった、今日のわたしが緊急にすべきことはそれくらいしか思い浮かばない。夢の中のわたしはきっと52キロじゃない。48キロか49キロだ。そうに決まっている。壁の方を向いて寝た。  

 

 それでもイヴはやってきた。わたしが52キロになってもだ。朝、ヒロコにメールした。「ごめん、やっぱりパーティーはやめとく」

 病院へ着き、「おはようございます」と言いながら入る。その言葉に院長先生が言うのは、

「やあ、メリークリスマス!」

だった。あとから来た看護師さんの「おはようございます」にも院長先生は等しく、

「やあ、メリークリスマス!」

と言うのだ。その院長先生の言う、「やあ、メリークリスマス」っていうのは、

「A Happy New Year」

みたいだった。一晩あけると世界が少し変わって見えるっていう現象。病院は三十日から三日まで休みに入る。ロッカールームで着替えていたら、看護師さんの一人、ミカさんがわたしに声をかける。

「やっぱり今日とか、年末はその大学院生と過ごすんでしょう?」

「うん。もうね、大学院生なんてとっくに休みだから、相手をしてあげないとね」

ミカさんの目がいたずらっぽい。黒目を小さくして、わたしを見る。

「ナンパされたんでしょう?」

「ええ、そういう感じ」

「じゃあ、きっとその彼、ぽっちゃりがタイプなんだわ」

「きっと、そうかも、しれないわね」

 多分、ミカさんは人間の悪癖、「疑う」ということを発揮したのだろう。人間は、見栄やプライドに乗っかったウソならついていいと、わたしは思うのだ。見栄やプライドの上に咲くウソ。それは精一杯背伸びをしている芍薬だ。そうわたしはナンパされていないし、今日一緒に夜を過ごす相手もいない。けれどわたしは青年にナンパされて、今日一緒に過ごす。それを疑うのなら、ミカさんは決定的な水たまりにバシャッンと足を踏み入れた。僕は懐疑主義なので。そんな男は好きになれない。あの青年が好きだ。わたしは確か新宿でミュウミュウのミュールとマークジェイコブスのバッグを買ったって言った。それも芍薬。そしてそれを青年は疑わなかった。どうやら懐疑主義ではないようだ。そうだ、わたしはあの青年が好きなのだ。わたしの見栄と、どうしても守りたかったプライドに咲いた、水もやり、肥料もやってやっと育てた、大ぶりな芍薬。その芍薬を笑うことなかれ。手折ることなかれ。ただ見ていてほしい、その一本だけで立つその芍薬自身のプライドを。もし美しさに、発作的にむんずと手折ってしまったときは、あなたの持つ一等いい一輪挿しに飾り毎日水を代えてほしい。そして疑わないでほしい。その芍薬の出生を。無からは何も生まれやしない。それは本当のことだ。

  

 七時前に仕事をかたずけ、「お先に失礼します」と言ったら、院長先生がまた

「メリークリスマス!」

と言う。奥さんは手を洗いながら、

「あなた、今日そればっかりね。いくらミホが帰省してくるくらいで」

わたしは、「なるほど」と得心した。今、関西の病院に勤めている、院長先生と奥さんの一人娘が帰省するのだ。それはそれはメリークリスマス。いい夜になるといいけど。

 わたしは病院の最寄り駅にある駅ビルで、ショートケーキを買いたかったのだけれど、売り切れで、仕方なく、生チョコのケーキを買った。そして少し恥ずかしかったけれど、

「よければ、ろうそくがあれば、ろうそくをいただきたいんだけど」

と言うと

「ありますよ。一緒に箱の中に入れておきますね」

と言って箱に入れられたケーキを平べったい袋に入れて渡してくれた。ありがとう。そう言ってその場を離れ、ケンタッキーでセットのチキンを買った。チキンが二ピース、ビスケットが一つ、コールスローサラダが一つ。フライドフィッシュが一つ。今日の晩御飯、一人パーティー。十分だ。

 院長先生のお宅は今とてもにぎやかだろう。そして時折笑いだって起こるだろう。そんな幸せ。小さく見えてもとんでもなく大きな幸せ。その幸福がイヴの夜、どの家にも、独身のサラリーマンの家にも降ってくるといいなって思う。夜が等しく降るように。看護師さんたちも、もう今頃彼と会っているのだろうか? どんなディナーなの? もしよかったら明日、その首尾を教えてほしいな。わたしはね、そう、エンジニアブーツを履いた大学院生と、今日は過ごすの。彼、食べきれないほど大きなクリスマスケーキを家までもってきた。そしてね、チキンはケンタッキーだった。それはわたしが買ってきたもの。そしてね、部屋の電気を消してケーキに並べられたろうそくを彼が一気に吹き消したの。その時ね、なんていうんだろう、きっと臭い、そんな獣みたいな存在に彼を感じた。呼吸が荒かったの。そしてわたしは急いで電気をつけたっていう、そして夜更けまで話は尽きなかったっていうクリスマスを過ごしたわ。

 ケーキとチキンを慎重に持って、わたしは二駅分の電車に揺られた。そんな想像をしていたから、もうはっきりとは思いだせない青年の顔がチラチラ頭をかすめる。

 家の最寄り駅からケーキの箱を倒さないよう気をつけながらも、ぼんやりと歩く。わたしが買うマンションはどんなマンションなのかな? 想像もつかない。何階建てで、寝室とかリビングとか収納とか、そうそう、ウォークインクローゼットなるものもあったらいいな。一番憧れるのって、結構地味だけど、洗面所のタオル入れ! これをおさおさ見逃してはなりません。