今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

今生があるのならその生いっぱい、メロチを忘れることなかれ

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覚えていてほしい。忘れないでいてほしい。何世代にもわたって覚えていてほしい。忘れないでほしい。それが無理ならこの現在、生あるうちは、勇敢だったとらネコ「メロチュ」を覚えていてほしい。お願いだ。忘れないでおくれ。

 

 メロチュはマンションについた小さな公園に住みついていた猫軍団のボスだった。当然オスで、その公園に住んでいる猫に指示し、命令し、猫たちが住みよい環境を作るそういうボスだった。例えばマンションに住んでいる猫好きの子供が、公園の端にドライフードをまき散らしても、武士は食わねど高楊枝といった風で澄ましてドライフードを極力見ないようにしているさまをわたしは何回も目撃している。

 そうかといってただ単に強気なボスっていうわけでもなかった。他の野良猫たち、ブサやタマ、かあちゃん、ぶち、そんな猫たちがいないと、よいしょっとベンチに乗り、よいしょっとエコーをふかしているわたしの膝に前足をかけ、そしてさらによいしょっとわたしの膝に収まり、ここは天国だろうかといった顔をするのだ。

 そんなコミュニケーションの中、わたしはコミュニケーションのついでだっていう風に、公園にメロチュと二人きりならば、

「メロチュ、今日はあったかいね」

「メロチュ、今日は曇っているね」

「メロチュ、そんなに洗顔が念入りだっていうことは明日雨が降るのかな?」

「メロチュ、今日は寒い。トイレが近いよ」

などとわたしが盛んに、メロチュメロチュと呼ぶものだから、メロチュ自身もその命名に気づいたらしかった。

 そうしているうちに、メロチュは公園からわたしたちの部屋に戻るその後をついてくるようになって、エレベーターにも乗り込み、わたしたちの部屋までついてきてしまった。少し戸惑ったが、それはとても愉快な出来事で、私は床暖のリビングのソファに座り、メロチュはやはり、よいしょっとわたしの膝に収まった。ダーリンの帰りが心から待ち遠しかったし、ダーリンの反応も楽しみだった。

 七時二六分、チャイムが押された。わたしはあえて玄関まで出迎えなかった。ダーリンは鍵を開けているようだ。

「ハニー、帰ったよ」

と廊下を歩くダーリンに、胸が高まる。

「おや?」

ダーリンはリビングのドアを開けて第一声、そう漏らした。

「お客さんかな?」

「そうよ、お客さんよ。メロチュっていうの。メロチュがダーリンによろしくだって」

「メロチュ、俺からもよろしくっていってもいいかい?」

と言って、わたしの座るソファの隣に座ると、メロチュはためらうそぶりさえ見せず、ダーリンの膝によいしょっと座った。

 それからというもの、わたしとダーリンは休日になると、猫の生態などが詳しく書かれている本を買いに行き、それをダーリンが3日で読みおわり、私も3日で読み終えた。

 そう、その日だけではかなったからだ。メロチュが訪れるのは。メロチュは非常階段をいつの間にか覚え、そしてわたしたちの部屋が36階であること、その部屋の玄関、それらもいつの間にか覚ええたらしく、どうやってかは知らないが、ベランダに現れ、それはそれは大きな声で

「にゃおーん、にゃおーん」

と絶叫するようになったのだ。確かにわたしたちのマンションはペット禁止ではなかったが、そのあまりにも大きく大げさな絶叫は、ご近所の手前少々恥ずかしいものだった。

 メロチュは来ない日もあるがだいたい私たちの部屋に夕方来て翌日の昼前には出ていく。猫用のマグロの缶詰と牛乳、そして水は食べ、飲んでいくが、おトイレはしなかった。わたしたちはメロチュのおトイレを用意することすら頭になかった。そう、わたしたちはどうであれ、メロチュを野良猫だと思っていたのだし、メロチュだって36階に自分の住まいがあるっていう風には認識していなかったのだと思う。そしてダーリンはスーパーに行くときと整体に行くときのみ使うママチャリを「メロちゃん号」と名付け、快調に街を駆け抜けているらしかった。

 

 そして夏になるころだと思う。

 メロはわたしたちの部屋を訪れなくなった。わたしはルーティンになっていた公園に行くっていうことを、特別メロチュを意識するっていうわけでもなく、止めなかったしエコーを吸った。また少し猫が増えたようだ。それならば名前をつけなくては、と猫を一匹一匹観察したが、ドライフードが撒かれていたって、メロは現れなかった。でも、今思うとなのだが、その中にメロももしかしたらいたのかもしれなかった。変わり果てた姿で。いや、そんなこともないだろう。メロはあくまでも強く、弱さを誰にも見せなかったのだから。

 ある夏の終わり、メロチュが久しぶりにやってきた。そこに、ベランダにメロチュはいたが、いつものように

「にゃおーん、にゃおーん」と鳴かなかったので気づくのが遅れた。その姿を見たわたしたちは絶望した。あのソファやベッドでゴロゴロと過ごしたあのメロにはとても見えない。小さくなってしまった。あまりにも小さくなってしまった。メロはソファにもベッドにも上りたがらず、ソファの下に潜り込んでいく。水や牛乳を鼻先に置いてみても、それすら飲めないようで、ダーリンがテレビを消した。そして静寂の中、「ダメだな」とつぶやき、わたしも「そうね」、と小さく答えた。

 ある土曜日、わたしたちは車を出し、紅葉を見に行った。那須だ。紅葉の中を車で通り抜ける。渋滞がひどい。わたしは助手席で眠ってしまった。そして少ししか寝ていないつもりで起きると景色が激変していて、それはもう国道4号で、わたしはあまり紅葉が見れなかったとか、なにかおいしいものを食べるんじゃなかったのかとか、プンプン怒った。

「だって、あまりにも幸せそうに寝ていたよ。ハニー」

ダーリンはそう言うが、起してくれて全然かまわなかったと当たり散らした。そして信号で車が止まる。その静かな車の中で、ダーリンは肩を揉みながら、

「あーあ、メロはもう死んだんだろうな」

と言った。まるでこういうチャンスがなければ言えなかったっていう風にだった。

 早めに家に着くと、ダーリンは日曜はやっていないからと、メロちゃん号に乗って、整体へ向かった。わたしはふと公園の木々は色づいているのかな? と思いつき、ポケットに鍵とエコーとライターを入れて、Tシャツの上に黒いパーカーっていう格好で公園へ向かった。

 誰にも気づかれなかったらしい。それもそうだ。わたしが気づいたってこと、それも奇跡にも思える。公園の隅の背の低い生垣の中でメロチュは死んでいた。どうして分かったのかというと、公園の街灯の下に、生垣からほんの少しだけボーダーのメロのしっぽがのぞいていたからだった。口が少し開いている。目がほんの少し開いている。わたしは一回部屋に戻って、ネットで検索し、方々へ電話をかけた。その先の一つのところが、猫の死体を扱っている場所、その電話番号を教えてくれた。わたしは携帯でその電話番号にかけ、一瞬で切り、公園に戻る。

「もしもし、猫の死体を発見して」

「そうですかあ。遅かったな奥さん。そういう業者は六時で引き上げるんですよ」

「どうしても?」

「どうしてもって聞かれても俺も困るけど」

「じゃあ、明日でもいい。わたしのマンションに死んだネコは保管します」

「そんなこと言われたらさあ」

「だってだって、猫の顔には蟻がたくさんたかっているのよ? あなたって、そういうことどう思うの?」

「わかりましたよ奥さん。今谷古宇橋にいる業者がいるから連絡を取ってみます。連絡先を教えてください」

わたしはメロチュの顔にたかる蟻を振りはらいながら、素早くわたしの携帯の番号を教え、「絶対にお願いしますね」

と言うやいなや電話を切った。そして少し思った。まだ死んでそうは経っていないのだろう。それならば、メロチュを部屋に入れ一晩を共に過ごしてもよかったかもしれない。でもそれはメロが望むことなのだろうか?

 業者から電話があった。わたしは字面にはいつくばったまま、片手でメロの顔の蟻を払っている。

「もしもし、今からうかがいます。あのマンションの小さな公園ですよね。わかりました」

わたしは業者が着くまで公園に腹ばいになって、メロチュの顔の蟻をはらっていた。払い続けていた。業者が来たと同時に、このマンションの一階に住む、庭キチガイで有名なおばあさんがやってきた。手に懐中電灯を持ち、長袖の柄のついた割烹着を着て、白い手袋をしている。

「あらあ、この猫死んだのかい。わたしのうちの庭にをよく通っていったけどねえ。まあ、別に餌とか牛乳とかやったわけでもないけれど」

「そうですか」

わたしは思ったよりスムーズに声が出ることにその時気が付いた。

「何歳だったのかねえ。案外年寄りだったのかな」

「いいえ、三歳か四歳です」

そうしてメロチュの亡骸は白い布でくるまれ、段ボールの中に入れられて、その業者はしばらくの間、なにかお経を唱えていた。わたしは黙っていたが、そのおばあさんは何かを話し続けていた。それは内容はくみ取れなくても返事を要求するような話し方だったと思う。

わたしはさみしくて、けれどさっきまで一人で腹這いでメロチュの顔の蟻を払い続けていたのに、何故その時はそのさみしさ感じなかったかなとか、その時は苦しいだけだったなとか、そんなことを早いスピードで考えて、さっきまでは邪魔な人なんていなくて、しゃべらなきゃいけないなんてこともなくって、さっきまでの方がよかったとか、さっきまでは二人きりでいて、世界には二人しかいないような気さえして、宇宙全体にも今二人きりだとそんな夢を見ていて幸福だった。そんな風に考えて。

 

わたしは別に悲しそうな顔もせず、部屋へ戻った。戻るときいつもよりエレベーターの速度が遅いんじゃないかと訝った。そしてリビングのソファに座ると突然「わっ」と泣き出してしまった。今スコールより激しいのだ。その私の涙は。

 

 メロチュ。君は簡単に信じることの天才だった。信じるということ。疑わないということ。これはとても強い、そして強いのならば、一番の弱者に一番たくさんの餌をと考えることができる、そんな優しい君だった。その強さとその強さの意味、わたしは君から教わったんだ。勇敢な勇者でなければ到底なしえぬことだ。簡単に36階へ来て、ソファに座るダーリンの膝に簡単に座る。そう、簡単にわたしのこともダーリンのことも信じて疑うことがなかった。えさをねだりたかったら、メロチュ用のお皿をかんかんと踏んで鳴らす。そういう君だった。今天国で身体も軽く、携快に36階へと非常階段を上っている。疾駆している。

 

忘れたもうな。この勇敢だったメロチュを。ドライフードが撒かれていてもお腹が鳴るまま見ないふり。そう武士は食わねど高楊枝。それをメロチュは貫いた。プライドを持った猫軍団のボスだった。覚えていてほしい、この勇敢な勇者メロチュを。ゆめゆめ忘れることなかれ。今生があるのならその生いっぱい、メロチを忘れることなかれ。覚えていてほし

い。メロチュを。