今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

新連載2:猫とベイビー

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彼女の部屋は目黒の川沿いにあり、こじんまりしているが、新しそうな、きれいなマンションだった。ゆきの部屋にはグレーの毛足の長いカーペットが敷かれていて、その毛足が一糸乱れず同じ方向を向いている。ゆきに差し出されたスリッパを玄関で履いてみても、そのスリッパを履いて出さえ、そのカーペットの上に乗るのはためらわれるようだった。ゆきは

「入ってよ」

と笑顔を見せて言い、ゆきはコーヒーメーカーにスイッチを入れている。俺は恐る恐る入った。

ゆきの部屋はなんていうのか、俺はあまりそういうことに疎くて分からないが、、アンティークの家具が品よく並べられ、ホコリがどこにあるっていうんだっていう風に、掃除されている。それでもベッドサイドに置かれたテーブルに散らかっておかれたアクセサリーを見てやっと俺も安心できたというか、リラックスできた。

「毎日掃除するの?」

と俺が聞くと、

「うん、変かもしれないけど毎朝掃除してる。うちの両親っていうのが、また、私と同じ音大出なんだけど、二人とも教員をしているのね。その頃うちの両親は、どうしたっていうのかな、朝掃除をとことんやらないと、ピアノを弾けなくなるって言い張ってた。子供心に、そんなのおかしいって思ってたの。それなのにね、今私が、その両親の病気を受け継いでいるっていうわけ。そのベッドサイドのテーブルに乱雑にアクセサリーが置かれているでしょう?それがね、私の何に対してだかも分からないけど、そうなの、親っていうわけでもないのよね、何かに対する反抗なのよ。ピアノを弾く人間にとって、ピアノを弾けなくなるっていうのは本当に恐ろしいことなのよ。だから、小さくしか反抗できないっていうわけ」

 俺たちは近所のセブンで買ってきた、発泡酒を開け乾杯し、そして俺はポテトチップスの袋を開けた。

 するとゆきがキッチンに立ち、何かを炒めはじめた。なんだろうと思う。そして運ばれてきたのは「森の燻製」というウインナーらしい。

「ごめんね。うち包丁がないのよ。だからこれくらいしかできないの。私は両親とはちがって、オーケストラに入りたいって思ってる。だから」

「全然OKだ。とてもうまい。炒め加減がとても絶妙だ。俺はラーメン屋だから、そのくらいは分かるんだ」

と言うと、ゆきはほっとするような笑顔を見せて、

「ありがとう」

と言い、俺は切羽詰まったような性欲に襲われた。

 しかしまだウインナーをすべて平らげたわけでもないし、ゆきがさっき冷蔵庫から運んできたベイクドチーズケーキは案外大きい。俺は全部食べてやるさとうそぶいたのが、心の中のつぶやきであったのか、それともゆき相手にそう言ってしまったのか、よく思い出せない。けれど、甘いものが多少苦手だったりもする俺だが、休み休み、ゆきの話を聞きながら食べ勧めていく。

「ねえ、健二君、このチーズケーキは少し手ごわいわよね。残しても全然いいのよ」

 けれどその言葉にうっかり乗るわけにはいかない。そう。天の僥倖。今起きるとは予想すらできないんだ。

 俺はなんなく平らげた。そう言えばお昼だって食べていなかったんだ。そしてケーキであるからには相当甘いのだろうと予想したチーズケーキが、レモンの香りの強い、あまり甘すぎなかったということも要因だ。俺たちはTSUTAYAで借りてきた「モテき」を見た。その間も俺はポテトチップを食べ続けたほどだ。この「モテき」を選んだのはゆきだが、何故それを選んだのかは分からない。なんとなく。そんなものかもしれないが、俺はついつい「モテき」を深読みしようとしてしまうんだ。

 何本目か分からない氷結を飲みながら、俺は少しいつもの、ゆきといるといつも起きてしまう、緊張感が多少ほどけてきた。いつもは質問だったり、うなづいたりだったりしかできなかった俺が、自分の話を始めたんだ。

「そりゃあね、やっぱり除籍よりは中退の方がいいと思ったんだ。履歴書?そんなもののためじゃないさ。親を泣かせたくない、そういう心づかいだった。まあ、いずれにせよ、親は泣いたんだけどさ。今の俺?そうだな、現代の象徴は引きこもりのニートってやつだと思ってる。だけど、引きこもりのニートになってしまったら、女の子と、ゆきと水族館にだって行けないだろう?それは俺の中で受け入れられないものだった。そこで俺は選んだのさ。フリーター。そう、引きこもりのニートほどには先進的ではない、内向的先進性を持った存在だ。俺はそれに甘んじようと思った。なに、俺は24歳。未来はいついかなる時も変化し続けるし、俺の茫漠たる未来も希望に満ち溢れているはずなんだ」

 数時間前俺は確かに

「あーあ」

と思っていた。けれど何か俺のこれからの人生はもしかしたら、光り輝き、その茫漠たる未来っていうやつに、なにか、奇跡、違うな、大いなる冒険、そう、そんな感じだ、そんな未来が待っているそんな気持ちにもなってきた。

 するとゆきが話終えるちょっと前に、

「ねえ、よかったら、シャワー浴びたら?もう終電もないし」

終電がなくなるということ。それが女子の部屋でまたは己の部屋で、その終電がなくなるというタイミングを迎えるということ。これは男のロマンなんだ。

 そのゆきの言葉に促されて、俺は立ち上がった。そして少し足がもつれる。

「大丈夫?飲みすぎたかな」

違う。そうじゃないんだ。男のロマンにうっとりしてしまっていただけなんだ。

ゆきのシャンプーはとてもいい香りだった。俺もこのシャンプーを使おうかなと思ってしまうほどだった。それほどいい香りだった。けれどその「いい香り」の源泉をたどってみると、それはゆきの香りだったからだっていうことに気づいた。ゆきの長い髪はいつもいい香りを漂わせていた。もちろん俺は身体も、いたるところまで、隅々までよく洗った。そして変なことを考えた。デブの女には性格の悪い女が多いと友達が言っていた。そうなのだろうか?では痩せている爪のきれいなゆきは、性格がいいっていうことになるのだろうか?そこまで考えてみて、そうだな、俺たちはお互いのことを分かり合えるほど、長く付き合っちゃいない。俺を選んだのはゆきだったが、その理由を聞くほど肝っ玉は据わっていない俺だ。そんなことを考えていたら、ずいぶん時間が経ってしまい、ゆきに変に思われないだろうかと、ふと思いつき、慌てて風呂から出た。