今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

新連載11話:猫とベイビー

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俺はやっとスマホを取り出し、少しいじってみる。そして電話帳を開けて、ただスクロールする。ダメだった。そんな心境で電話をしたら、俺の声はのどを狭められ、うまくしゃべれないだろう。そして泣きたい気持ちにもならない。終わりを見るときは他人は涙を見せず、ただふわふわ浮いているだけだってことを知った。そしてゆきに電話をする。呼び出し音が流れて、俺はすぐに電話を切った。やっぱりだめだ。おしまいは見ないで、ただの無職の24歳になってしまってもいい、そう思ったんだ。するとゆきから電話がかかってきた。出た。

「首尾はどう?」

「ゆき、聞いてくれ。俺はめんてぼを盗む子に失敗した。そしてさらに言えば、俺はさっき、ラーメン屋をクビになった。俺にはもはや、ラーメン屋で働く、という特性もなくなってしまったんだ」

「つまりはめんてぼ窃盗を失敗して、ラーメン屋をクビになった。そういうことなのね?」

「まあ、そんな所につきる」

「もういいから、早く帰ってきなさいよ。今日はやけっぱちにお酒を飲みたいかもしれないけれど、飲酒運手には反対よ。ゼストでくるんでしょう?温かいシャワーを浴びれば、何か新しいアイディアが浮かんでくるかもしれないわよ」

「帰ってもいいのか?」

「もちろんよ」

「何か特別な話があるんだろう?」

「そうよ」

男女の別れには、たいてい何かしらの会話があり、そして別々になていく。そしてそれが修羅場でないとしても、

「時間は短かったけれど、あなたと付き合ったことに後悔なんてしてないの。ありがとう」

とか

「いつまでもお元気でね。そして明るい奥さんをみつけて幸せになってね」

等々だ。俺は円満に女と別れるとき、女はみなそんなことを言う。でも、ゆきは音楽家だ。つまり芸術的な女性と言える。そんなゆきがいくらでもいる公園の鳩のように、他の女とおなじようなことを言うとは思えない。ゆきも「惜別」と思ってくるだろうか。最後だ。どうしてもゆきの姿、笑顔が見たい。

 俺のゼストはふわふわと動く。店長もふわふわと言っていた。そしてさっきも俺はふわふわしていた。もしかしたら、ふわふわしていることは罪なのかもしれない。店長の言うように。まるで空に浮かぶ雲の中を走っている気分だ。俺はスピードを出さず、ゆっくりゼストを走らせた。ちょっと先に赤い傘を持った。女の子がいる。俺はその女の子の横を通り過ぎる時、

「そこの赤い傘をさしたお嬢さん、俺のことを俺だと思っているでしょう。でもね、少し違うんだ。俺は俺のように見えるけど、本当を言うと紙風船なんですよ」

そう、俺は空っぽだった。赤い傘に気づいてから、小雨が降っていることに気づく、いつも、いつも、もしかしたら大切だった物事を一瞬忘れてしまってから、気づくんだ。そしてそれは俺の習性なのかもしれない。サボっている、サボってきた、だって、人生に起こる何を見ても、何を聞いても、何を語られても、それらは俺にとって「サボってもいい何か」としか思えなかったんだ。

ゆきは笑って俺を出迎えた。

「さあさ、シャワーを浴びて。私と一緒に明暗でも練りましょうよ。そういうのって健二君、上手でしょう?」

「でも、実行に移すと俺は何もかも終わらせてしまうんだ。俺は計画を練って、事に臨み何もかもめちゃくちゃにしてしまう。それはいつもいつもなんだ。ゆきだって知っているだろう?」

「終わっているように見えるだけよ。本当はきっと続きがあるんだわ」

「そうかな?」

「そうよ。きっとそうよ。バスタブに熱いお湯もためておいたの。ゆっくり入るといいわ」

俺は服を脱ぎ、パンツを脱いだ。その「服を脱ぐ」であるとか「パンツを脱ぐ」っていう動作をするためのエネルギーがどこから湧いてくるかさえ分からない。

俺はいつゆきが致命的な会話を始めるのだろうと、そのことばかり考えていて、ただ湯気の立つコーヒーの中身をのぞいているだけだ。ゆきの言葉なんて聞いているような気もするが、聞いていないような気もする。そしてよく見るとゆきは今日は化粧をしている。俺はつけまをばっちりつけるような、化粧の濃い女は苦手だ。たとえ美しいと思ったって苦手なんだ。その女たちはなにかを隠している。そしてそういう女はシャンプーじゃない、何かの香りを振りまく。動物的個体性さえ、そういった女たちは消そうと必死なんだ。

そこまで考えてみて、ゆきを思う。ゆきは確かに水族館デートの時、化粧していた。俺はそのことを知っていた。というか、分かっていた。そしてゆきがすっぴんを見せたその瞬間だって覚えている。でもそれからはいつゆきがすっぴんであって、いつゆきが化粧をしているその姿を俺に見せたっていうことは、もうあいまいで分からなくなっている。あの時は?あの時は?と思ってみてもあいまいでよくわからない。もしかしたら俺は、ゆきが化粧をしていようと化粧をしていなくても、どうでもよくなっているのかもしれない。

「明日ね、粗大ごみでこのカーペット捨てようと思ってるの。手伝ってね」

「うん」

俺は相変わらず、コーヒーの中身を見ていたが、少し頭をはっきりさせようと思い、一気にコーヒーを飲みほした。「明日ね、粗大ごみでこのカーペット捨てようと思ってるの。手伝ってね」?

俺は仰天した。俺は朝までいていいらしい。しかもカーペットを捨てるというのは必ず、一人ではできない共同作業と言うことになるだろう。ケーキカットの前にあらかじめ予行練習でもするような、そんなカーペットを捨てるっていう共同作業。

 俺はどうとでもなれ、という気もちになり、そして逡巡し、そして考える。俺は今までとことんサボってきたけれど、ゆきに対してはサボったことなどないぞ、と。今、今この瞬間だって、サボるべきではないのだ。サボっていい時もそれはある。というか、俺の人生はその連続で、俺は麺を切りながらよくあくびをしていた。女とその前に見る映画を見ている最中にだってあくびを連発したし、しょんべんをしながらだって大きなあくびばかりしていた。そうだ、今はあくびをしている場合じゃない。カフェインは俺に勇気とエネルギーを注入した。

 そしてゆきが座るソファの向こう側、コーヒーテーブルを挟んだ向こう側に俺は正座をした。俺もまた正座か、芸がないなと思うのだが、それ以外やりようがないんだ。

 「俺は現在24歳で、無職だ。そして自慢できるような学歴も持ってないし、ポルシェだって持っていない。そんな24歳だ。そんな24歳だから、なんの自信も持てやしないし、俺だってゆきが俺のことを好きになってくれるとも思わない。へまをしてめんてぼ窃盗も失敗し、おまけのようにラーメン屋もクビにもなった。どこに、どの辺で自信をもっていいのか分からないし、今はただひたすらに自信がない。それは多分自信をもっていい場所を俺が持っていないからだって思う。今こそ、宿はなしを歌うべきなんだろうなって俺はここに来るゼストの中で考え続けたんだけど、そんな歌声なんて出てこないんだ。そう、宿はないのかもしれない。でも宿はなしを歌えない。矛盾だとも思う。でも歌おうとおもうのに、口から出てくるのは空気なんだ。溜息ですらない。空気が漏れていくだけだ。そうやってここに着いた」