今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

新連載の最終話:猫とベイビー

f:id:tamami2922:20201017201754j:plain

俺はそこで深呼吸をした。話しながらブレスの瞬間がうまくつかめない。

「俺はデートの最中、いつもゆきの爪ばかり見ていただろう?それは爪が貝殻みたいできれいだっていうこともあるけれど、それは他にも理由があるんだ。つまり、君の目を見れなかった。顔も見れなかった。まぶしすぎたんだ。太陽を直視できないように、まぶしすぎて、まぶしすぎて、ゆきの顔が見れない。ずーっとそうだったんだ。まぶしいんだ。どうしよもないんだ、どうしようもない、俺は君が好きなんだ。どうしようもないんだ。変なことを言うようだけど、今はゆきのことを普通の髪の長い女性って言う風に見える。そして下の歯が少しがちゃ歯なのも知ってるし、奥歯に虫歯があることだって知っている。だけど好きで好きでしょうがないんだ。俺にとってはゆきは特別なんだ。多分一生特別なんだ。俺は多分ノーベル平和賞をとれないし、おそらく区議会議員にもなれない。いや、もしかしたら努力すればなれるのかな?俺はそういうことに正直疎い。なれるのかもしれないけれど、多分なれないだろう。でも俺にできることがたった一つだけあるんだ。それは空き地に座って、時間も忘れ、眠ることも忘れ、お腹が空くのも忘れ、お尻が湿っていくのもかまわず、ひたすらシロツメクサを編んでいくっていうこと。それはできる。だから、だから」

思うように息ができたらなあと思う。うまくブレスをつかめないから、一気に呼吸することもなく言ってしまっているような気がする。そしてその「だから」と言ったあとに、何を続けていいのか分からない。ゆきはしばらく笑いをこらえるような顔をしていたが、俺が「だから」を2回言った後、笑い出した。

 

 「しょうがないわねえ、ほんっとしょうがない。いいのよ。私がピアノ教室でもやって、食べさせてあげるわ。だから次の3点を守って。一つ目はいたずらに部屋を散らかさないこと。これは少し健二君に見られる傾向よ。ポテトチップを食べ終わったって、袋をゴミ箱にだって捨てようとしない。二つ目はね、いつかみたいに、私のために、閉まっているシャッターを、必死で、本気になって叩き続けてくれること。そして三つ目はね、いつかピカピカの帽子をかぶって、ギターを弾きながら歌って、客席にいる私に向かってピカピカの帽子を投げてくれること」

そしてゆきは、ゆっくりコーヒーを一口飲んで、脚を組みなおしてから、

「あとはいいの、いいのよ。それだけよ。健二君が健二君であるならばそれでいい。ノーベル平和賞に幻惑される様な、そんな簡単な女じゃ、私ないつもり、そしてね、私の大事にしてた秘密を教えてあげるから、ちょっと私の横に座ってくれる。いつまでも正座してたら、足がしびれるわよ」

俺は立ちあがったが、よろけた。ゆきの予言通り足がしびれていたっていうわけだ。

何とかソファのゆきの横に座り、ゆきはなんだか今、初めて見るような表情、戸惑い?違うな。そう、恥ずかしがっているようにも見えるんだ。そして内緒話をするときのように、俺の耳に手をあてがい、息が漏れていくみたいに、小さな声でささやく。

「あのね、大きい声じゃ言えないんだけどね、私がね、いつも使っているグロスにはね、名前がついててね、いつも使っているグロスの名前は、『花のみつ』、そして健二君には限定で『内密に』をつけてるのよ。私、その程度の女なの」

って言うから俺たちはこの世から不幸が一切消え去ったのかもしれない、やっと世界中の空がつながったのかもしれないって言う風に、大声で笑いだしたんだ。そして、ゆきはそのままこう言ったんだ。

「駅前のラーメン屋に行かない?こってり塩ラーメンを食べたいの」

俺はなんていうだろう、そうだ。そのこってり塩ラーメンを大盛りで食べようと思った。大盛りがないのならば替え玉を。今奇跡を起こしたのは俺じゃない。ゆきなんだ。

 

 

もし僕が万物の創造主になれたなら

 

君に

 

君によく似た芍薬の大きな花束と

キラキラ輝くダイアモンドと

アンティークなイス

 

みんなみんなプレゼントする

 

もし君がそれらを欲しいと願うのなら

今、僕はどうしたって万物の創造主っていうやつになってやるって

そんな気概が湧いてくるんだ

 

もし君がそれらを欲しいと願うのなら

 

 

 

いつか結婚式をあげよう。俺はそう言っていた。そのまま俺は29になりゆきは27になった。俺はというと、大学の頃の友人に電話しまくって、何とかバンドを組み、妥協しながら、それでいて時にはむきになって、のみこまれたり、まきこまれたり、妥協をやめたり、そんな風にしながら、何度もメンバーチェンジを繰り返すという変遷をしながらも、今は、そこそこの動員数のある、それでいて地味だが確かな存在感のあるそんなバンドになることができた。

 そして俺は売れてくると、ゆきと内緒話をした数日後に見つけたラーメン屋に努めたが、それも辞めた。それはそれほど真剣にラーメンを作っていたわけじゃなった。サボりながらやっていた。たまにはあくびもした。けれど今は真剣に、サボれないものを持っている。

 

俺たちはオープンガーデンで式を挙げた。式って呼べないかもしれない。パーティーのようなものだ。俺は29にもなるのに照れまくっていて、照れすぎて赤ワインに酔ってしまった。ゆきは隣で笑っている。ウエディングドレスを着たゆきはとてもキレイだった。けど、そのことに動じるほど俺は弱くなくなっている。その日空には雲さえなく、どこかのデパートの屋上なのか、それともモデルルームなのか分からないが、ピンク色の丸いアドバルーンが浮かんでいる。近くで見れば、それはバカでかいんだろう。けれどここからでは、そう大きく見えるわけじゃない。それだけの装飾しかないそんな青空だ。そんな青空の元ゆきは笑っている。笑い続けている。なにがおかしいのか知らないが、照れている俺の横でゲラゲラ笑っているんだ。頭にはシロツメクサの冠が乗っかっている。ゆきは笑っているんだ。高い青空に突き抜けていくようなそんな、笑い方で。

 

                                   了