今考え中だ

こじらせ中年って多いですよね。恋愛市場引退したいような、それでいて、私だってまだまだ的な。「まだまだ、ときめいていたいっ」っていう完璧リア充も多いけど、一方で、わたしなんて、いやー、もう、でも?みたいな人も多いと思うんです。つまらない日常からどうやって目をそらしてこう?というヒントが提示できたらという作品を書いていきたいと思っています。また、考えすぎて頭がバカとか変態になっていしまった方へ向けてのメッセージも込めてます。若い人にも読んでいいただきたい!死ぬからさぁ。

新連載7話:猫とベイビー

f:id:tamami2922:20201017201754j:plain

「ゆき、今はそのタイミングかい?」

「タイミングってなんのこと?」

「ほら、さっきゆきが言ってたじゃないか、そのタイミングでって」

「忘れちゃったわ。忘れちゃったけど、きっと今はそのタイミングじゃない」

「そうか」

「ああ、豚ちゃんを見ながら言うのもあれかもしれないけど、そうね、チャーシューメンじゃなくとも、チャーシューとシナチクが大盛りのラーメンが食べたいなあ」

俺は俺の包丁さばきでもって、さっき、ゆきに色目を使った豚を、輪切りにしチャーシューにするさまを想像し、殺気立った。

俺たちは流れるピンクの豚を見ていることしかできなかった。豚たちは今までずっと走るということに憧れていたんじゃないだろうか。いつかの早朝、ひたすらに走ってみたいと、思っていたんじゃないか。もう新宿も諦めかけている今、俺のゆきに色目を使わないのなら、という条件付きで俺も少し優しい気持ちになって豚たちの疾駆を眺めている。それはおそらく条件みたいなものが整ったからなんだろう。タクシーの中をただ前方だけ見つめて走りたいという気分と、つまり諦念だ。このままでは新宿に間に合わない。ゆきが何を今思っているのか聞きたくもない。怖くて聞けない。それなのに姿勢も崩さず、運転手に言う。

「ねえ、運転手さん、エアコン切ってもらえるかしら。私薄着で来ちゃったの」

「ああ、それはうっかりしてました。すみません」

「いいのよ」

 

 その新宿にあるラーメン屋に着いたのは、5時4分だった。俺は飛ぶようにタクシーから降り、閉まっているラーメン屋のシャッターを叩き続けた。俺は必至で叩き続ける。今までの人生は、だいたいサボっていた。そしてそんな人生っていうやつに対して、サボっちゃいけないなどと思わないでここまで来た。それはだってサボっちゃいないもののように、人生は俺の目に映らなかったんだ。24歳になる今まで。不細工でおっぱいの大きい女とセックスした時、確かにめくるめく興奮は感じたが、それに対して真剣になろうなどとは考えなかったし、俺の今までの人生は、たいていサボってもいいもので構成されていて、サボってはいけないと感じる瞬間など、ほとんどなかったんだ。

 しつこくシャッターを叩き続ける俺に、シャッターが目の前で開けられていく。奇跡を起こせる選ばれた人間である俺が、その時奇跡を起こした。そういう風に思えた。今俺は選ばれた人間、そうドラクエで言えば主人公の冒険家、ヒーローだと俺は感じたし、そういった思いに酔いしれていた。そして

「もう、店は閉めたんだ。帰ってくれ」

という坊主で、小太りで、でも腕の筋肉が盛り上がった、「招魂」と書かれた黒いTシャツを着た男に、

「めんてぼを貸してほしい」

と、堂々と言った。

「何寝ぼけてんだ」

その招魂男はそう言って、またシャッターを閉めた。

 

 

 

もし僕が万物の創造主になれたなら

 

君に

 

君によく似た芍薬の大きな花束と

キラキラ輝くダイアモンドと

アンティークなイス

 

みんなみんなプレゼントする

 

もし君がそれらを欲しいと願うのなら

今、僕はどうしたって万物の創造主っていうやつになってやるって

そんな気概が湧いてくるんだ

 

もし君がそれらを欲しいと願うのなら

 

 

 

そうさ、選ばれし奇跡を起こす人間、ヒーローであったって、世の中にはうまくいかないこともある。でももう終わってしまった。俺が本気で真剣になり、サボらないで向き合おうと思っていた、そんな恋愛は、春、咲いた桜の根元を小鳥が蜜をすったせいで、花弁も散らすこともなく、ぽとっと落ちるように、そんな風に終焉を迎えたのさ。なに次がある。そんな風には今現在全く思えないが。

 俺は帰りのタクシーの中で、全く力が出ないでいた。タクシーが右に傾けば「おっとっと」と身体も右に傾く、そんな風だった。俺は「さみしいな」と思う。それは自分の中でも分かっている。ゆきのせいでさみしいんだ。今この時に、今夜チャーシューメンネギどっさりの大盛りを食べてもさみしさが薄れるとはちょっと思えないんだ。俺にとってゆきは運命の人とやらなんだろうか?そしてゆきにとって俺が運命の人だなんて想像できない。俺はいつからここまで気が弱くなってしまったんだろうと思う。除籍になりそうになった時だって、堂々と「中退します」と言えた。でも今、タクシーの中で、何かを言おうたって言えないし、言うことがみつかったとしても「中退します」同様、堂々とは言えっこないんだ。俺は弱々しく、こう言うしかなかった。

「ごめんね。お腹が空いたろう?」

「そうね、確かにお腹は空いたかも」

「ゆきの家に食パンと卵と牛乳と砂糖とバターは、冷蔵庫に入っているのかな?」

「フレンチトースト。それなら私だって自信があるのよ」

緞帳の様な深い緑色のカーテンは開けられ、そしてゆきは窓も開け、今は女の子らしいレースのカーテンがはためいている、そんな気分のいい部屋で、俺はふさぎ込んでいた。さみしいんだ。食パンはなかったらしくて、セブンで買った。そして今、ゆきは黙ってボールに牛乳と卵と砂糖とバニラエッセンスを入れ、泡だて器でといでいる。俺のそばにもバニラエッセンスの香は漂ってきて、さようならというのは甘い香りがするんだっていうことをゆきは教えてくれる。

「ゆき、今はそのタイミングかい?」

「タイミングってなんのこと?」

「ほら、さっきゆきが言ってたじゃないか、そのタイミングでって」

「忘れちゃったわ。忘れちゃったけど、きっと今はそのタイミングじゃない」

「そうか」

「ああ、豚ちゃんを見ながら言うのもあれかもしれないけど、そうね、チャーシューメンじゃなくとも、チャーシューとシナチクが大盛りのラーメンが食べたいなあ」

俺は俺の包丁さばきでもって、さっき、ゆきに色目を使った豚を、輪切りにしチャーシューにするさまを想像し、殺気立った。

俺たちは流れるピンクの豚を見ていることしかできなかった。豚たちは今までずっと走るということに憧れていたんじゃないだろうか。いつかの早朝、ひたすらに走ってみたいと、思っていたんじゃないか。もう新宿も諦めかけている今、俺のゆきに色目を使わないのなら、という条件付きで俺も少し優しい気持ちになって豚たちの疾駆を眺めている。それはおそらく条件みたいなものが整ったからなんだろう。タクシーの中をただ前方だけ見つめて走りたいという気分と、つまり諦念だ。このままでは新宿に間に合わない。ゆきが何を今思っているのか聞きたくもない。怖くて聞けない。それなのに姿勢も崩さず、運転手に言う。

「ねえ、運転手さん、エアコン切ってもらえるかしら。私薄着で来ちゃったの」

「ああ、それはうっかりしてました。すみません」

「いいのよ」

 

 その新宿にあるラーメン屋に着いたのは、5時4分だった。俺は飛ぶようにタクシーから降り、閉まっているラーメン屋のシャッターを叩き続けた。俺は必至で叩き続ける。今までの人生は、だいたいサボっていた。そしてそんな人生っていうやつに対して、サボっちゃいけないなどと思わないでここまで来た。それはだってサボっちゃいないもののように、人生は俺の目に映らなかったんだ。24歳になる今まで。不細工でおっぱいの大きい女とセックスした時、確かにめくるめく興奮は感じたが、それに対して真剣になろうなどとは考えなかったし、俺の今までの人生は、たいていサボってもいいもので構成されていて、サボってはいけないと感じる瞬間など、ほとんどなかったんだ。

 しつこくシャッターを叩き続ける俺に、シャッターが目の前で開けられていく。奇跡を起こせる選ばれた人間である俺が、その時奇跡を起こした。そういう風に思えた。今俺は選ばれた人間、そうドラクエで言えば主人公の冒険家、ヒーローだと俺は感じたし、そういった思いに酔いしれていた。そして

「もう、店は閉めたんだ。帰ってくれ」

という坊主で、小太りで、でも腕の筋肉が盛り上がった、「招魂」と書かれた黒いTシャツを着た男に、

「めんてぼを貸してほしい」

と、堂々と言った。

「何寝ぼけてんだ」

その招魂男はそう言って、またシャッターを閉めた。

 

 

 

もし僕が万物の創造主になれたなら

 

君に

 

君によく似た芍薬の大きな花束と

キラキラ輝くダイアモンドと

アンティークなイス

 

みんなみんなプレゼントする

 

もし君がそれらを欲しいと願うのなら

今、僕はどうしたって万物の創造主っていうやつになってやるって

そんな気概が湧いてくるんだ

 

もし君がそれらを欲しいと願うのなら

 

 

 

そうさ、選ばれし奇跡を起こす人間、ヒーローであったって、世の中にはうまくいかないこともある。でももう終わってしまった。俺が本気で真剣になり、サボらないで向き合おうと思っていた、そんな恋愛は、春、咲いた桜の根元を小鳥が蜜をすったせいで、花弁も散らすこともなく、ぽとっと落ちるように、そんな風に終焉を迎えたのさ。なに次がある。そんな風には今現在全く思えないが。

 俺は帰りのタクシーの中で、全く力が出ないでいた。タクシーが右に傾けば「おっとっと」と身体も右に傾く、そんな風だった。俺は「さみしいな」と思う。それは自分の中でも分かっている。ゆきのせいでさみしいんだ。今この時に、今夜チャーシューメンネギどっさりの大盛りを食べてもさみしさが薄れるとはちょっと思えないんだ。俺にとってゆきは運命の人とやらなんだろうか?そしてゆきにとって俺が運命の人だなんて想像できない。俺はいつからここまで気が弱くなってしまったんだろうと思う。除籍になりそうになった時だって、堂々と「中退します」と言えた。でも今、タクシーの中で、何かを言おうたって言えないし、言うことがみつかったとしても「中退します」同様、堂々とは言えっこないんだ。俺は弱々しく、こう言うしかなかった。

「ごめんね。お腹が空いたろう?」

「そうね、確かにお腹は空いたかも」

「ゆきの家に食パンと卵と牛乳と砂糖とバターは、冷蔵庫に入っているのかな?」

「フレンチトースト。それなら私だって自信があるのよ」

緞帳の様な深い緑色のカーテンは開けられ、そしてゆきは窓も開け、今は女の子らしいレースのカーテンがはためいている、そんな気分のいい部屋で、俺はふさぎ込んでいた。さみしいんだ。食パンはなかったらしくて、セブンで買った。そして今、ゆきは黙ってボールに牛乳と卵と砂糖とバニラエッセンスを入れ、泡だて器でといでいる。俺のそばにもバニラエッセンスの香は漂ってきて、さようならというのは甘い香りがするんだっていうことをゆきは教えてくれる。そして卵液をかけられた食パンをレンジで数秒温め、卵液をたっぷり含んだ食パンは、たっぷりのバターを溶かされたフライパンで焼かれていく。そうなんだな。こういった別れというのは、俺にとって「惜別」というものなのだろうと思う。

 ゆきが作ったフレンチトーストは、俺が作るフレンチトーストより甘く、おいしかった。そしてそれを食べつくした今、それでも空腹でもなければ満腹でもない。俺がゆきに振られるだろうと思い、それを何とか回避したいと思い、諦めるしかないのかもしれないと思い、という中、俺は空腹感をなぜか忘れていた。そしてゆきに土下座したいという気持ちをさっきから抑えている。本当は今土下座をして、ラーメン屋で働くという特性しかない俺が、デート6回目で結局ラーメンを作ることができなかったことを謝り倒したいんだ。ゆきは

「いいのよ」

そう言ってくれるんだろうか?いや、俺はラーメン屋で働くという特性しかないとゆ

きははじめっからそう思っている。いまさら。いまさらなんだ。

 俺は突然、毛足の長いグレーのカーペットの上に正座した。

「ゆき、俺にとってもそのタイミングだと思うし、ゆきにとってもそうだって思うんだ。つまり俺はラーメン屋を辞める。俺はフリーターである俺を、酔っていたせいかくわしくは思い出せないんだが、確か内向的先進性とたとえたことがあるような気がする。本当いうとそんなことは思っちゃいない。ただ、大学入学時からラーメン屋で働き、それが今までずるずると続いていた。それだけなんだ。己のことを先進性なんてこれっぽっちも思っちゃいない。ただ、何かを始めるっていう勇気はあるけれど、それが成功するっていうことは、俺の人生にないような気がしていたからなんだ。だからだ、ゆきと出会ったその日から思っていたことを、今話したい。俺は努力して政治なんかも学び、ついでにマルクスエンゲルス資本論など読んだりして、区議会議員になろうと思うんだ。そして次のステップは区長、そして都議会議員、そしえて都知事、そしてそれから国政に打って出る。もしかしたら総理大臣だって任されるかもしれない。総理大臣ともなれば、スケジュールは分刻み、疲れ果て眠るだけの生活になるかもしれない。けれど。けれどだ。俺はそんなときも必ず、ゆきに電話をかける。そしてゆきがお腹が空いているのなら、ゆきの手を煩わせることなく、すぐにゆきのこの部屋に駆けつけ、ラーメンを作る。そのとき必ず俺はめんてぼを持っている。河童橋で買うのさ。そう、マイめんてぼ」

 ゆきが作ったフレンチトーストは、俺が作るフレンチトーストより甘く、おいしかった。そしてそれを食べつくした今、それでも空腹でもなければ満腹でもない。俺がゆきに振られるだろうと思い、それを何とか回避したいと思い、諦めるしかないのかもしれないと思い、という中、俺は空腹感をなぜか忘れていた。そしてゆきに土下座したいという気持ちをさっきから抑えている。本当は今土下座をして、ラーメン屋で働くという特性しかない俺が、デート6回目で結局ラーメンを作ることができなかったことを謝り倒したいんだ。ゆきは

「いいのよ」

そう言ってくれるんだろうか?いや、俺はラーメン屋で働くという特性しかないとゆ

きははじめっからそう思っている。いまさら。いまさらなんだ。

 俺は突然、毛足の長いグレーのカーペットの上に正座した。

「ゆき、俺にとってもそのタイミングだと思うし、ゆきにとってもそうだって思うんだ。つまり俺はラーメン屋を辞める。俺はフリーターである俺を、酔っていたせいかくわしくは思い出せないんだが、確か内向的先進性とたとえたことがあるような気がする。本当いうとそんなことは思っちゃいない。ただ、大学入学時からラーメン屋で働き、それが今までずるずると続いていた。それだけなんだ。己のことを先進性なんてこれっぽっちも思っちゃいない。ただ、何かを始めるっていう勇気はあるけれど、それが成功するっていうことは、俺の人生にないような気がしていたからなんだ。だからだ、ゆきと出会ったその日から思っていたことを、今話したい。俺は努力して政治なんかも学び、ついでにマルクスエンゲルス資本論など読んだりして、区議会議員になろうと思うんだ。そして次のステップは区長、そして都議会議員、そしえて都知事、そしてそれから国政に打って出る。もしかしたら総理大臣だって任されるかもしれない。総理大臣ともなれば、スケジュールは分刻み、疲れ果て眠るだけの生活になるかもしれない。けれど。けれどだ。俺はそんなときも必ず、ゆきに電話をかける。そしてゆきがお腹が空いているのなら、ゆきの手を煩わせることなく、すぐにゆきのこの部屋に駆けつけ、ラーメンを作る。そのとき必ず俺はめんてぼを持っている。河童橋で買うのさ。そう、マイめんてぼ」